男の痰壺

映画の感想中心です

映画1974

ブレージングサドル

★★★ 1978年12月26日(火) 大毎地下劇場 無駄に熱いタイトルと豆喰い屁こきゲップ連発の冒頭ギャグの臆面の無さがナイス掴み。その後も早撃ちのベタギャグなど単発的にはかなり笑えるが、どうも調子は持続しない。設定だけに終わる人種ネタやとっ散らかしただ…

帰って来たドラゴン

★★★ 2024年8月6日(金) テアトル梅田4 幻のオリジナルか見つかった。なんて言ってますが、おそらく見つかったのはTV放映を録画したビデオテープだと思われる。それを2Kデジタル化したもんで、本来シネスコのものをTV用にスタンダードにトリミングし…

★★ 1977年6月5日(日) 東梅田シネマ 失踪というアントニオーニモチーフは日本風土で内田私世界に還元され藤田のモラトリアム価値観を乗され意味不明の混濁に至る。ベビーフェイスの巨乳が襖一枚隔てて今の世界は情緒を廃され風船は萎む。ファーストシーンから…

バージンブルース

★★ 1977年6月5日(日) 東梅田シネマ 小悪魔にメロメロになる中年男という構図は古式ゆかしいのだが、男にも行き場がなく、どうしようもなくヘタレなのが気が滅入る。逃避行を続ける2人に刹那感は微塵もなく、挙げ句の果てに「バージンを守る義務がある」って…

赤ちょうちん

★★★ 1977年6月5日(日) 東梅田シネマ 1981年10月9日(金)~10日(土)今津文化 引っ越すたびに状況は段々悪くなっていくのだが2人は自覚的でもない。一応のドラマトゥルギーを感じさせる中島丈博のシナリオと否応なく時代のシラケ感を表出してしまう藤田が…

マイ・ラブ

★★★★ 1977年12月11日(日) 元映 目眩くような歴史の変遷と時代に翻弄される人々をケラー3役とデネ2役のトリッキーで冴えたアイデアと時代ごとのポップスで紡ぐルルーシュの一大転換点となった中期の傑作。後の弛緩した『愛と哀しみのボレロ』の原点とも言え…

カンバセーション 盗聴

★★★ 2016年3月27日(日) プラネットスタジオプラス1 匿名性に固執する孤独キャラは良いのだがサックス吹いたり柄じゃない違和感。ポランスキー&ヒッチ風味で作風を一気に変えたコッポラだがアントニオーニに行き着く手前で息切れした。世界が卑小で冒頭…

竜馬暗殺

★★★★★ 1979年11月24日(土) 伊丹ローズ劇場 豪雨が吹き荒れるメインストリームから一旦脇に逸れ、束の間の緩い陽だまりに身を委ねる。それは泥濘の中の山椒魚みたいな体たらくだが心根は据わっている。ブロウアップされた16モノクロの粗いわだかまりの連鎖…

田園に死す

★★★★ 1977年8月14日(日) 毎日ホール 1991年6月9日(日) 毎日文化ホール 故郷を棄て母を棄てた思いが、自責や懐旧のセンチメンタリズムではなく分析的且つ冷徹な視線で語られる。一方、イメージは超絶に土着的で猥雑であるが又過剰に絢爛で豊穣なのだ。そのア…

ベンジー

★ 1976年12月28日(火) 伊丹グリーン劇場 動物を擬人化して描く胡散臭さに目を瞑っても余りにベンジーが良い子ちゃんを演じてるのが明らさまで飼い馴らされることに迎合的なのが不愉快。何よりこんなしょもない映画がヒットすることで調教師のデブ爺がどえら…

ハリーとトント

★★★★ 2016年6月11日(土) 大阪ステーションシティシネマ7 ペット片手に放逐されたハリーは貯えも身寄りもあって嘗ての『ウンベルトD』の爺さんのような悲愴はなく自立の矜持満々。アメリカに国力が溢れてた時代の幻影。ただ、寄席芸人としてカーニーの地…

ドラブル

★★★ 2016年6月11日(土) プラネットスタジオプラス1 息子探しの話がどっかいっちまうよなすべるギャグが身に染むチンタライズムが蔓延しており終盤であーそうやったと思い出すよな体たらくなのだが、それでも70年代スパイ映画の芳香は残滓程度ある。特に…

ゴッドファーザー PARTⅡ

★★★★★ 1976年3月20日(土) 伊丹グリーン劇場 1980年8月7日(木) 大毎地下劇場 信義則を重んじファミリーが形成されるビトーの時代と功利な冷徹がそれを瓦解させゆくマイケルの時代。その交錯を彩る時代の空気の再現とシシリーとNY、タホ、マイアミからキュー…

フェリーニの アマルコルド

★★★★★ 1976年1月11日(日) 毎日文化ホール 1977年7月10日(日) ビック映劇 朝靄の中の巨船も雪の中の孔雀も木の上の叔父貴もフェリーニ的なはったりではあるのだが、挑発は影を潜め郷愁に塗り込められる。共同脚本に内実にまだしも重きを置くグエッラが参加し…

トラベラー

★★★ 2017年2月18日(土) シネヌーヴォ 処女作には作家の本質があらわれるらしい。 なるほどと思った。 この切って棄てたかのような終わり方の冷徹。 何の救いもない。 これがキアロスタミの人生観なのだと思う。 あと、子供が主役だが、彼らは恐ろしいほど…

大地震

★★★ 1975年1月6日(日) OS劇場 サバイブするドラマにまでは仕切れず翻弄されるのみの群像劇であるが、主役ヘストンが無為な抗災キャラに徹し切れないのがどうしたって弱い。白昼の災厄を描くハリウッド版ミニチュア特撮は正直、東宝版を凌駕する出来でガセ…

アリスの恋

★★★★ 1976年8月21日(土) 伊丹グリーン劇場 身の程知らぬ希望に縋り付く限り男運も主人公に寄り付かない。意に沿わぬ安月給のウェイトレスが、それでも身に馴染むにつれ運も歩み寄る。労働に関する映画とも言えダイナーのシーンこそ白眉。徒労な前段だが子役…

愛のほほえみ

★★ 1976年2月1日(日) 伊丹グリーン劇場 アラン・ドロンみたいな憂愁を帯びたアレッサンドロ坊やの風情が余りに女性受けしそうで斜に構える。そんな自分の偏狭さを知らされる点でも苦い映画だ。大金持ちの御曹司って設定が又面白くなく母親でなく親爺を慕う気…

続 青い体験

★★ 1976年8月21日(土) 伊丹グリーン劇場 どうにも慎みというものがイタリアン小僧には無いので、生さぬ恋の暗い情念などが発生しようもなく、大体モモ如きボンクラが両手に花の美味し過ぎる環境に置かれるのは映画とはいえ理不尽に過ぎる。その物語的怠惰を…

エマニエル夫人

★★ 1975年9月7日(日) 伊丹グリーン劇場 哲人めいたアラン・キュニーによって語られるその実ウブな女を淫乱に導くだけな中途半端な文学臭と、ソフトフォーカスの小綺麗な異国情緒が女たちを大挙して映画館に向かわせた功績は多少認めても、肝心のクリステルが…

メリーゴーランド

★★ 1975年12月21日(日) 伊丹グリーン劇場 観客に媚びない映画なんて無いのであるが、それでも作り手の矜持の欠片くらいは見せて欲しい。過剰な音楽に煽られラストで泣ける自分が呪わしい。可愛いくて可愛そうな少年を襲う不幸の徹底連鎖。パクリ企画は結構だ…

ノストラダムスの大予言

★★ 1974年8月25日(日) 伊丹ローズ劇場 『ゴジ・ヘド』から『日本沈没』を経由して至った70年代を覆う終末観を描いた掉尾作で、ゲテ趣向満載のオモロキモさは認めるが、「大予言」を物語的に再構築した訳でもないオリジナルエピソード羅列の促成作法で、丹…

レニー・ブルース

★★★★★ 1975年11月10日(月) 梅田地下劇場 この男は1人で落ちて行くのではなく女も一緒に落ちて行ってくれたからまだしも救われたような気がする。直前までヴェガスのショーガールだったというバレリー・ペリンの圧倒的な存在感が他の同趣向の作品と一線を画…

星の王子さま

★★★ 1975年12月21日(日) 伊丹グリーン劇場 王子さまとパイロットに関しては精一杯原作の挿絵のイメージをなぞってるにすぎないが、ラーナーの楽曲にドーネンの演出という50年代ミュージカル体質とボブ・フォッシーやジーン・ワイルダーの70年代ダンス…

ぼくの小さな恋人たち

★★★★★ 2023年8月28日(月) シネリーブル梅田2 世評高い「ママと娼婦」を見てないので、どういう流れでこの傑作が出てきたのかわからんが、ジャン・ユスターシュ長篇2作目にして遺作となった本作は、確立された文体を持って尚、瑞々しさに溢れているという…

さすらいの二人

★★★★ 1998年8月15日(土) 第七藝術劇場 アントニオーニの又かの厭世感は今更とも思うのだが、米欧の主役2人が異郷北アフリカの砂漠に流れ行く様には刹那感も倍加される。そして、予想外に用意された終局驚愕の7分間。このハッタリを好きかどうかが加点の分…

男はつらいよ 寅次郎子守唄

★★★ 1996年9月7日(土) テアトル徳山Ⅲ 恋敵を物語の主線上に配置したバージョンとして後の『葛飾立志篇』『寅次郎恋愛塾』等に連なる系譜の初作だろう。しかし、十朱と寅の印象的な絡みが少なく印象が薄い。前半の九州の港町の風情が格別に良く、上條も好感の…

直撃地獄拳 大逆転

★★★ 2002年11月15日(金 扇町ミュージアムスクエア アクションもギャグも寒くてアホでいいかげんな代物だとしても、やたらテンポが良いので退屈はしない。武者人形に変装した甲賀忍者直系子孫の千葉のしてやったりの佇まいの確信振りには、やむを得ずにしても…

男はつらいよ 寅次郎恋やつれ

★★ 1992年8月15日(土) 日劇会館 冒頭のエピソードでいきなりメルトダウンさせられ、鬱屈した感情は宮口偏屈親爺の登場により更なる暗黒へと誘われる。神聖小百合イズムを貫徹する為の物語は寅や寅屋の人々と真の感情交錯を産むべくもなく上っ面を流すだけだ…

ファントム・オブ・パラダイス

★★★ 1991年8月6日(火) テアトル梅田2 カリカチュアされない生サディズムの一方でマゾヒズムは垂れ流され続けるベタベタ情感で粉飾され本質を蔑ろにされる。全ての技巧と楽曲をも押さえ込みデ・パルマが自らの本質を吐露した作家としての立脚点。あまりのド…