映画1991
★★★ 2026年1月7日(水) テアトル梅田3 第2次大戦での敗戦を経たドイツが新たな歩みを始めたのが「ドイツ零年」だとすれば、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツが併合された1989年がもう一つの「ドイツ零年」というのはわかる。ポツダム宣言から3年後に…
★★★★ 2023年7月12日(水) 大阪ステーションシティシネマ8 昔は監督ロン・ハワードにずーっと興味がなかったので本作も見てませんでした。彼はお人柄はいいけど鬼面人を威すような斬新さはなく、人の歩いた道を通って無難な仕事をする。大外れもない代わり…
★★★★ 1994年7月31日(日) アクア文化ホール 親を亡くし田舎から来た少女に対して都会の少年たちは限りなく優しい。神出鬼没の子豚が巻き起こす騒動も腰の入った描写を連ねて見事だ。児童映画としても明るく楽しく上出来だがラストの少女の受容と解放。通り一…
★★★★ 1994年3月13日(日) 天六ユウラク座 自分と子供達が生きて行く為にゃあ、どう言われようがこうするしかない…っつうボーダーを越える女の開き直りの図太さが素晴らしく今村的。余りにストレートな表現に序盤は臭みを感じたが中盤以降はずるずる引き込まれ…
★★ 1994年3月6日(日) 新世界国際 「AV」+「クイーン」+「マドンナ」とイヤがうえでも扇情的期待を煽りつつ、加えて「殺人事件」とくれば、多少はおもろいだろうと言う期待を無惨にも打ち砕くどっちつかずの駄作。製作者コーマンの本質は典型的山師で偶々…
★★★ 1994年4月2日(土) みなみ会館 フワフワとした茫洋感に包まれた一篇だが、正直、主人公が出会う人々の話は深いのか浅いのかようわからん。どうでもええような気もする。まあ、旅には出た方がいいのだとは思う。意味あることだけが人生を構成するわけじゃ…
★★★★ 1994年4月9日(土) 祇園会館 叔父さんの文明論は多分に青臭いのだが、それをさっ引いても多くの経験を積んできた熟達の人間味を感じさせ、且つそれがレイが到達したものにシンクロしてる趣がある。巨匠と言われる人の晩年期に現出するさばけた境地とでも…
★★★ 1994年4月9日(土) 祇園会館 平凡な演出で特記事項も無いが少年時代の回想記というのは大概面白くなるので、これもそういう意味では退屈しない。現在を見せた上での過去の辛酸であり辛酸を嘗めても無事に成長できたという安心感があるからだろう。他の例…
★★★ 1994年4月10日(日) みなみ会館 丁寧に撮られた力作だが実人物のインタビューや現存フィルムとの錯綜が虚構を顕在化させるだけに終わってるし、矢張りマギーは線が細く当初のアニタ・ムイで撮るべきだった。何より好いた惚れたの数多のバックステージもの…
★★★★ 1994年7月9日(土) 京都朝日シネマ2 ほぼ1建設現場に絞られた舞台設定で見せきってしまうのは働く男達のリアリティに尽きるのだと思う(現実にロバート・カーライルは建築労働者出身らしい)。淡々と流れた物語が終盤畳み掛けるように露呈させる制度の…
★★★★ 1994年8月13日(土) テアトル梅田2 大まじめにズレたことを演るというコンセプトは一貫しているが、これはネタを補完するバックグラウンドに厚みがあり本気度が窺える。カウリスマキのLCPV中最高の1篇ではないだろうか。全篇を遍く覆う「悲しき天…
★★★ 1994年10月9日(日) 祇園会館 ミシェル・ファイファーが確かに、この女ならと思わせる哀しみを湛えた表現を見せ圧巻だが、これは50年代的正調メロドラマであり、その復刻を試みたにしてはスコセッシの80年代的体質が否応無く滲み出て統一感と安定を阻…
★★★ 1993年2月6日(土) 難波ジョイシネマ 一陣の風と共に登壇するベアールの映画的ケレンは事が始まると消失するのだが、只管続く素描接写と筆音がポージングをめぐる2人の軋轢と相関し何時しか快楽リズムが到来。そして、とどのつまりでドハッタリの煙に巻…
★★★★★ 1993年3月7日(日) 大毎地下劇場 ドッペルゲンガーとの奇跡的な親和。西欧文化との融合に際し多くの先人とは違いキェシロフスキは祖国との頚木を解き放ちはしなかった。奥ゆかしき西欧観が超自然なギミックと調和しトリッキーな撮影が先鋭を付加する。…
★★ 1993年3月7日(日) ロッポニカ三宮 ハイビジョンというオモチャを得て大林の悪癖が爆裂。少女世界から大人の女への越境というセンシティヴ且つヴィヴィッドな物語を台無しにした。儚げな中島朋子が絶品だが石田の演技は不可解。クセありすぎの両親のキャス…
★★★★★ 1993年6月9日(水) 京都朝日シネマ2 以降に後続する同種映画を一斉に「陽気と狂気」の多重人格のプロトタイプに画一化してしまった恐るべきキャラの立たせ方こそ完璧にオリジナル。だが、それは一方でカイテルやロスに反映された反オタクで健全な狭義…
★★ 1993年6月9日(水) 京都朝日シネマ1 「母」或いは「母性」と言うものに対する思いのたけのベクトルが理屈では解かってもアルモドヴァル流に捏ねくり回されて提示されたとき、どうも俺にはピンと来ない。愛ってのはもっと素直なものでいい。アブリル他出演…
★★★★★ 1993年8月27日(金) 第七藝術劇場 転と結は青臭いのであるが、圧倒的な負のベクトルの集積とも言える起と承。カラックスの裂帛の気迫がキャストやスタッフに伝播しトランス状態の主演2人は隔絶世界の住人。借金塗れの大オープンセットを縦横に使い切っ…
★★★ 1993年8月29日(日) 第七藝術劇場 大真面目に撮られたもので演出の力量もあるとは思うのだが、何もかも入れ込みたいと思う余りに骨子も据わらなかった。若い主人公ではなく親父世代に物語が帰結してしまう辺りが構造的欠陥。これでは散漫の謗りも免れない…
★★★★ 1993年10月16日(土) みなみ会館 主題としては珍しくもないが主人公が決してスーパーマンでないところが良い。女房の尻に敷かれて思い悩みながら黒く染まっていく過程がヒューマンだし切実。不穏な予兆を孕みながらも、一方で独特のユーモアのセンスに彩…
★★★ 1993年10月16日(土) みなみ会館 ロカビリーやスエード靴やリーゼントへ偏愛を持つ野郎を見て笑って無視するか理解しようと努力するかだが俺は無視もしたくはないが努力したいとも思わない。そういうバカが1人いましたとさのヘタウマ諧謔が神話の域にま…
★★★ 1993年11月14日(日) ACTシネマテーク ダラダラとピリッとしないのが身上のジャームッシュが小粋な話を狙ったものの、結局どの挿話も案の定に締まらない。乗れない者にはとことん乗れない。キャスティングのみが彼我のリスペクトを拮抗させ小粋だ。「…
★★★★★ 1993年12月19日(日) みなみ会館 過去から未来へと連綿と続く孤独ロードを描くにリバーの刹那が相乗され哀切極まりない。しかし、これはむしろサントの実験意欲が随所でサビを効かせ、2作目にして行き着いた感を醸す無比なる完成形。その後が出し殻に…
★★★ 1992年2月2日(日) 新世界国際劇場 歴史的事実を描いて脚色にも限界があるにしても、ポリシーがあるかのようでその実逃げてるだけの主人公がもどかしい。点景のように描かれる渦中にあって火の粉を被った者にこそスポットを当てて欲しかった。全般締まり…
★★★★ 1992年1月23日(木) 梅田劇場 博多に飛来するキングギドラに感じた既視感を伴う高揚は金子版以上だったかも知れない。プロレスファンのそれに似たオールドタイマーな怪獣映画ファン心理を大森は絶妙な匙加減で刺激した。それは同時代で子供心に洗礼を受…
★ 1992年2月2日(日) 新世界国際劇場 曲りなりにもポリティカルな展開を垣間見せた前作を継ぐ志は切って棄てても構やしないし、縮小廉価版と化したカス企画たることも承知してはいるが、悪魔の子たる少年&おっさんにあった冷徹美が継子たる少女に欠片も垣間…
★★★★ 1992年1月19日(日) ロッポニカ三宮 ベタな日本人論やベタなパロディをベタと承知の上で割り切って演じさせ繰り広げる強引さに反発しつつも飲まれてしまう。そういった一種の2重構造を持つ作劇の妙味は、したたかそのもの。演出も出張らず、しかしポイ…
★★★ 1992年2月9日(日) 新世界国際劇場 潜入捜査をしてみりゃあ結構良い連中じゃんってのはありそな話だが、その連中がアウトドア派の健全享楽に明け暮れるというのが変で面白いと言えば面白い。ビグローの専らの関心もサーフィンやスカイダイブらしいのが正…
★★★★★ 1992年2月3日(月) 梅田コマシルバー 冷淡を過ぎ冷血とまで見える醒めた体裁を纏い、一方では低次元な熱血スポ根的ドラマトゥルギーを持ち込み、更に竹中の下ネタギャグの破壊力が混在する。観客は下卑た笑いと熱い共闘意識と苦い反発を往還しつつ見入…
★★ 1992年2月9日(日) 新世界国際劇場 プロの中のプロや強固な意志力を持つ憑かれた男を描いてこそのフランケンハイマーが翻弄されるだけの男の物語で冴える筈もない。『ブラック・サンデー』から10数年後のテロリズムを描くにそっち側の決定的仇役を欠いた…