男の痰壺

映画の感想中心です

★★★★★ 2019年10月5日(土) プラネットスタジオプラス1

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その昔、俺が少年のころ、今は亡き淀川長治がラジオで映画を語る番組があって、たまに聞いていたのだが、そこで、この映画のことを随分と熱く語っていた記憶がある。

まあ、内容は忘れたが、タイトルだけは小さいときの記憶に残るこの映画を、それから半世紀を経て見ることになるとは夢にも思わなかった。

 

ルイス・マイルストンと言えば「西部戦線異状なし」の人だが、未見です。

凱旋門」と「オーシャンと11人の仲間」は見たが、正直たいして見どころがあるとも思えなかった。

本作も序盤は状況説明に流れている感じで、正直、寝不足の俺は若干ウトウトしてしまった。が、30分を経過したあたりから俄然、覚醒する。

あばずれ女を原理主義的カチコチの神父が更生させようとするが、しかし、って話で、バリエーションは違えども数多の作品が存在するなかの1本とも言えるのだが、マイルストンの演出が半端なく尖っている。

 

俺が覚醒したのは、神父からあの手この手で追放されそうになった主人公が海軍の軍曹に苦境を打ち明けるシーンで、ここが1シーン1カットで撮られているのだが、只管に続く会話劇をゆるやかに場所を移動しつつ、とにかくカットを割らない。

スゲーっと思った。

 

主人公の心理の大きな変転が2度あって、それが物語の肝なのだが、そこをちゃんと見せ切らない。って言えば舌足らずとか逃げてるとかになるんだが、不思議と俺は、見せずとも描けてしまうマイルストン、スゲーっと思ってしまった。

特に追い詰められた主人公が、窮状を訴えて神父にすがる。神父が突き放す。突き放すどころかかさにかかって追い詰める。いわば洗脳のパターンだが、とどめとばかりに祈りのことばを呪文のように唱えはじめたそのときカメラがゆっくりとティルトアップする。

まさに、幽体離脱の瞬間であり洗脳は達成されたのだ。

 

全編、雨が降っているのだが、最後に嘘のように晴れ渡る。

そこに、自殺した神父の死体が漁網にかかって海から引き上げられる。