男の痰壺

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血槍富士

★★★★★ 2020年8月2日(日) シネヌーヴォ

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内田吐夢の戦後復帰作であるが、テイストが山中貞夫っぽいのが驚きだ。って思ったら脚本が三村伸太郎。山中の現存3作の脚本家だった。「百萬両の壺」の剽軽が「紙風船」のペシミズムに急転する。これは、いったいどうしたことか。わからないけどスゲーっす。

 

善人ばかりの世界がほんとうに気持ちいい。

序盤で槍持ちの千恵蔵御大が主人の若様の薬の印籠を置き忘れる。こりゃ、きっと良からぬ顛末になるんやわなと思ったんですが、ちゃんと旅芸人親子が届けてくれます。伏線と思わせて何にも起こらない。でも気持ちいい。

若様が今で言うアル中でして、本人も飲まないと誓い、千恵蔵も飲ませぬよう気をつけてます。でも飲んじまった。その人格豹変の定石通りのお約束が又、場内爆笑。でも何か良からぬことがと思わせて何とか大事にはならない。理想郷は持続される。とりあえずは。

 

セット美術も素晴らしい。一行が投宿する旅籠の立体感。厨房で女中たち相手に隠れ酒する加東大介と2階の客室へ階段を登る若様の距離、高低差を活かした切り返しなど豪奢で惚れ惚れします。

 

ガタイがでかく顔もでかい千恵蔵の巧まざるユーモアと人柄が全篇を牽引するが、その他、謎の旅人の月形龍之介、定番キャラの加東大介も良い。しかし、この映画の裏主役は若様の片岡栄二郎だ。あまり聞いたこともない役者だが色男金と力はなんとやらの絶品演技だった。

 

振った不穏を逸らしていく展開は錯綜する登場人物たちの心根の善性がユーモアを交え点描される中に埋没する。しかし理想郷とも言える平穏世界の成立の下に不穏は隠れていた。急転直下に立ち現れたそれは理想郷を木っ端微塵に打ち砕く。凄まじいペシミズムだ。(cinemascape)

 

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