※おもひでのしずく:以前書いたYahoo日記の再掲載です。
フィクショナル吉野屋 ~理想郷~
50代と思しき疲れきった出勤前のサラリーマンが入ってきて席についた。
「ご注文おきまりですか?」
「並と卵」
「はい、並1丁!卵!」
60代と思しき作業服の男が入ってきて席についた。
「ご注文おきまりですか?」
「大盛と味噌汁」
「はい、大盛1丁!味噌汁!」
40代と思しき風俗店長風の男が徹夜明けの倦怠をまき散らし席についた。
「ご注文おきまりですか?」
「牛鮭定食」
「はい!牛定1丁!」
10代後半と思しき専門学校生が席についた。
「ご注文おきまりですか?」
「牛丼の並…つゆだくで」
「…なんですか?」
「牛丼並…つゆだく」
「お客さん…あんたなめてるのか?」
「え…」
「何やねん…つゆだく?」
「…」
「どっかに書いてまっか?そんなメニュー」
「え…」
「言うにことかいて、つゆだく?何様やねん、おんどれ」
「あ…」
「出てけ!お前に食わせる牛丼は無い!」
少年は釈然としない顔をしつつも出ていった。
店内を静寂が支配した。
静寂を破るように、50代サラリーマンが奥ゆかしく拍手をし始めた。
自信なげであったが、それでも止むに止まれぬ衝動が彼を突き動かしたのだ。
60代の作業員も呼応するように拍手をし出すと、40代風俗店長も合わせて手を叩き始めた。
3人の男たちの拍手を受け、牛丼屋のパートのおっさんは、はにかみつつも溢れ出る涙が止まらなかった。
3人も泣いた。
夜明けの牛丼屋。
カウンターの片隅で黙って見ていた俺も目頭が熱くなった。
そして、一緒に手を叩き始めた。