男の痰壺

映画の感想中心です

おもひでのしずく (2010年2月15日 (月))

※おもひでのしずく:以前書いたYahoo日記の再掲載です。

 

現実のリアルとシンクロする映画の虚構

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20代の前半であったから、今から20数年前のことだ。
ある週末、大阪はミナミ、道頓堀の居酒屋で学生時代の連れと4人で飲んでいた。
10時ごろになり、帰ろかと店を出たものの、帰ってもしゃあないしとも思いつつ繁華街の裏路地を4人でダラダラ歩いていたら、横にスッと白タクが徐行で寄ってきてた。
スルスルと運転席の窓が下り、運転手が声をかけてきた。
「兄ちゃんら、どこ行くん」
「何なん」
「安くやれるとこあんねんけど」
「…」
「スナックのお姉ちゃんがバイトでしてんねん」
俺たちは足を止めた。
明らかに胡散臭いと思う一方で「スナックの姉ちゃん」という微妙なリアリティに惹かれるものがあったのだろう。
値段とか交渉してる間に1人は「帰る」と言って帰ったが、残った3人は白タクに乗り込んだ。
グルグルとどこ走ってるのかもわからん状態で連れまわされ降ろされたのが、ありえんくらいボロいラブホの前で、俺ら3人は階段を昇って2階の部屋に1人ずつ入れらたのだ。

俺は一通り部屋を見渡しベッドに腰掛けて服を脱いだ。
パンツ1丁でバスローブを着て、今か今かと待った。
正直、後悔の念が強く、しかし、前金で払ってるので速攻でやって帰ろと思っていた。
だが、10分が経ち、20分が経つも待ち人来たらず。
シーンと静けさだけが支配する1室で待つこと30分。
かすかに廊下をコツコツと歩く足音が近づいてきた。
「来たー!」
しかし、足音は隣の部屋の前で立ち止まり、ドアを開ける音が…。
あいつのとこ来たんやし続けて俺のとこにも…と思い、おもむろに煙草に火を点け余裕のポーズでベッドに横たわり耳をそばだてる。
だが、10分ほどしても誰も来ない。
隣室から微かに聞こえるベッドのきしみ音と男と女の話声。
俺は壁に近づいてみたが、何を言ってるかまではわからない。
20分が経ち、30分が経った。
誰も来ない。
すると、隣室のドアが開く音がし、足音が廊下に出た。
そして、その音が俺の部屋の前まで来て止まった。
「う、嘘やろ…1人で3人順番に回るってか?…俺いややー!あいつの後なんて」
と思う間もなくドアがギギーと音を立てて開かれた。
愛想もくそもない痩せぎすの年増ババアが入ってきた。
「さ、最悪や…」
そのあとのことは書きたくない。

数年後、俺はコーエン兄弟の「バートン・フィンク」という映画を見た。
とんでもない傑作だと思った。
しかし、思うのだ。あのラブホでの1夜の経験がなかったら、この映画の主人公のホテルの隣り部屋への偏執的なまでの過敏な反応は理解できなかったろうと…。

以前に書いた「日常における映画的記憶」と題した「パッション」と「ポセイドン・アドベンチャー」に続き表題を変え「バートン・フィンク」をお届けした。
次回は「グエムル 漢江の怪物」の予定である。