男の痰壺

映画の感想中心です

おもひでのしずく (2011年4月23日 (土))

※おもひでのしずく:以前書いたYahoo日記の再掲載です。

 

スーちゃんとキャンディーズのこと

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スーちゃんが亡くなった。
乳癌であったらしい。
彼女の闘病をマスコミも一切知らなかったと言う。

1970年代。俺が中学生だった頃。
おそらく、日本全国津々浦々のありとあらゆる思春期のニキビボーイが集えば、必ず取り交わされたであろう社交辞令ににも似た台詞。
「お前ってキャンディーズの3人で誰がタイプ?」
俺はだいたいこう答えていたように思う。
「スーやな。ランも悪くはないけど」
そうは言っても、それほどキャンディーズが好きだったわけでもない。
「年下の男の子」や「春一番」といった明朗な女の子キャラの歌には殆ど関心がなく、当時の俺のミューズは秋吉久美子とか桃井かおりとかのやさぐれ系なのであった。
しかし、中3の頃、申し訳程度に高校受験の勉強をするようになり、深夜ラジオで聞いた「やさしい悪魔」や「書中お見舞い申し上げます」あたりから印象が変わる。
特に「やさしい悪魔」のサビの「うーふーふ~やさしい悪魔」の部分は今でも聞くと前立腺がムズ痒く刺激されてしまう。

大学生の頃、スーちゃんとランちゃんが映画でデビューした。
「土佐の一本釣り」(スー)と「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌」(ラン)は2本立てで公開され、当然俺は映画館にかけつけた。
正直、ランちゃんは光っていたが、スーちゃんはあんまり光ってなかった。
スーちゃんは、映画女優というよりタレント向きなキャラに思えた。
だが、今あらためて彼女のフィルモグラフィを見て思うのだ。
それほど切れるエッジ感もない女優だったスーちゃんを、なぜに今村昌平吉田喜重という元松竹の2巨頭が抜擢したのかと。
「黒い雨」と「鏡の女たち」の彼女は、このうえもない哀しみと静謐さを湛えてスクリーンの中の透き通る光に同化していた。
演技力とかいう以前の人間性のように思えた。

ご冥福をお祈りします。