今まで河瀬直美のことを、どうしても斜め上からしか見れない感じがしていて、それは、女性というアイデンティティをあまりに前面に出してそこに依拠した作風であることから、やたらな海外での高評価も、そういうピンポイントにニッチな特定層が俺なんかの預かり知らぬところで下したもんだろうって気がしてました。
今作は辻村深月の原作が、河瀬の(敢えて言うけど)1人よがりを抑制した形で、そこに女性映像作家としての資質や技量が上手く乗っかって結合した成功作だと思う。
映画は、養子をもらう夫婦の話と、その子を産んだ女性の話に前段と後段でほぼ完全に別れている。これが各々の話を徹底して語り尽くそうとの気概を感じさせる。
特に前者の子ができない夫婦の話は、後者の劇的展開に比して、ありがちで下手にやると凡するところだが、さざ波のような感情の起伏を慈しんで取り上げる女性ならではの感性が滲み出る。
不妊治療で遠路北海道まで飛行機で通う夫婦が待つ空港ロビーで夫が、もう止めたいと男泣きに泣き崩れる。妻への想いと自分への苦渋が入り混じる。妻は言う。ごめんね、もっと早くやめるべきだったね。あーなんちゅう優しい嫁やねん。俺も泣き崩れるしかありません。
序盤で仕掛けられたミスリードが、後段の展開の帰結で回収される。ああ、そうやったんかとと思う一方で、生じたどう物語に帳尻つけるのかとの思い。
河瀬が辻村と初めて会ったとき、開口一番に子のまなざしと言ったそうな。映画はそのまなざしで閉じられる。苦渋に満ちた世界は氷解するのだ。
子を受け入れることに向かい理解と慈しみを深める夫婦と子を手放すことで瓦解していく少女。各々の物語は分断され関係性に捉われない。だが両者は交わり破綻へ向かう。未来への希望など見出せる訳がない。なのに河瀬は隘路をぬって光明を呈示してみせた。(cinemascape)