男の痰壺

映画の感想中心です

おもひでのしずく (2011年12月23日 (金))

※おもひでのしずく:以前書いたYahoo日記の再掲載です。

 

承知しましたじゃねえよと森田芳光のこと

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この1週間というもの何十回聞いただろう。
「承知しました」
という台詞。
家でも会社でも、どいつもこいつも…。

「おい…お前や、どないすんねん。今月坊主やないか、言い訳はええねん、どないすんねん言うとんや、えっ、一生懸命やってる?一生懸命やってくれんでええよ。一生懸命やらんでええから…な、今日中に意地でも3件上げてこいや」
「それは、業務命令でしょうか」
「は?…そうや、業務命令や」
「承知しました」
とまあ、こういう使用方法なら歓迎なのだが。

白黒割り切る考え方が横行し、グレーゾーンでもがくことを忌避することが蔓延する時代。
その危うさに切り込むべく思考を繰り返してきたが…。

 

森田芳光が死んだ。
原田芳雄の死もショックだったが、今回も同じくらい衝撃だった。
唐突にテーマは飛ぶのだ。
俺が愛し敬愛してやまない北川景子ちゃんとペペロンチーノの両氏がブログにてこの件に触れられているのを拝見し、俺も書こうと思う。

家族ゲーム」は、ひとつの革命であった。
起っている事象をドキュメンタルに記録することではなく、映画とはショットによって構成され、その組合せによる連鎖こそが意味を生じさせることを再認識させてくれた。
しかし、数年後の「それから」で、俺は見限る。
その後の数作を見て、もうだめかと思っていたが、
「39 刑法第三十九条」と「黒い家」で復活する。
ここでは、音のモンタージュが意識されて取り上げられた。劇的な効果であった。
しかし、数年後の「模倣犯」で再度、俺は見限った。
阿修羅のごとく」を最後に、ずっと見てなかったが、心のどこかで、いつか北川景子主演で必ず撮るだろう。そのときは見ようと思い続けていた。
それも、もうかなうことはない。

 

バブルが崩壊して間もない、俺が30手前だったころ。
梅田で飲んだくれて終電を逃し、夜っぴいて池田のアパートまで歩いて帰ったことが何度もあった。
当時、借金まみれで人生に何の展望もなく敗残の日々を送る俺は、何を考えてそんなことをしていたのか今では覚えてもいない。
しかし、「の・ようなもの」のしんととが夜通し線路脇を歩くシーンが俺の中に残滓のようにあったのは間違いないと思うのだ。

ご冥福を祈ります。