男の痰壺

映画の感想中心です

わたしの叔父さん

★★★★ 2021年2月8日(月) テアトル梅田2

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タイトルから受ける何となくのほほんとしたイメージとは相当に違う。良い方向に違っていたんですが。

 

何より状況を描くに徹底して真摯だし、力の注ぎ方も半端ない。そうした姿勢は、半ドキュメンタルなコンセプトに行き着く。主人公の女性と叔父は本当の叔父・姪だそうだし、彼らが暮らす農家は、叔父役の人が営む農園なんだとか。

歩くのも覚束ない老人と若い娘の2人だけで回している農家って高が知れてると思うけど、その扱ってるトラクターやコンバインなど農重機の戦車なみのデカさに驚く。麦畑も広大です。さすが農業先進国デンマーク、日本の農業が太刀打ちできる筈ないと思いました。

 

映画は変化のない日常を反復して描く。そこに変化が訪れて反復が打ち破られる。まあ、常套の手法であるのだが、先述のように描写にリアルが浸透していて、あざとさを微塵も感じさせません。

食卓で無言で食べる2人の手前奥にいつもテレビがニュースを流している。画面は映らず音声だけが聞こえるのだが、何故か国内のニュースでなくて、トランプ政権がどうしたとか、北朝鮮がミサイル実験をしたとかの世界の果てで起こっていることばかりだ。これが、対比を効かせ隔絶された2人の状況を浮かび上がらせる。

 

今は介護とまではいかないが、間もなくそういう局面に向き合うことになるであろう彼女の先行きを心配してくれる人もいる。

だが、叔父さんとの生活を彼女は選択する。

しかし、それも又やがては違う方向へ転がるだろう。そういうことを示唆して映画は閉じる。

これは、そういう風にしか閉じようのない物語だとの納得性があります。

 

日常の規則的反復が変化の到来とともに歪んでくる。映画的に常套な筆法であるが、地に足着いた生活のリアリズムが堅牢なので心に沁みる。迫り来る介護というナウなテーマ。彼女の選択は叔父への思いもあるが変化への慄きも。やがてそのときは到来するのだが。(cinemascape)

 

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