★★★★ 2021年2月23日(火) 梅田ブルク7シアター2
多数の登場人物を捌く手際と骨太な演出である。新人キム・ヨンフンの名は覚えといていいだろう。
そう言ったうえで、これは韓国のこの手のジャンルムービーの「新しき世界」や「アシュラ」などの傑作に比べてどうしても及ばないように思える。
何がなのかと考えるに、描かれる世界の予想外の狭さと小ささ。大陸と地続きの半島国家は常に中国の影響を受けるし、分断された同一民族の「北」との緊張関係にも晒され続ける。先述の2作に、それが明確に反映されてたわけでもないが、何か底の見えない不可解な奥行きが感じられるのに対し、本作は底が見えてしまう感が否めないのだ。
結局、それは日本の小説が原作となっているからなんじゃないやろか。
【以下ネタバレです】
冒頭から姿をくらました1人の女の不在が映画の基底に横たわる。その女のせいで男は多額の債務を背負わされヤクザから追い込みをかけられている。
一方で、ある女は自分が作った借金で亭主からDVを受けている。そして勤めるキャバクラで女社長から声をかけられる。
実はこの行方不明の女とキャバクラの女社長は同一人物なのだが、見てるときはわからない。映画は時制を巧みにシャッフルさせているからだ。とんでもないゲスで残忍で強固な意思を持つこの女の造形に於いて映画は成功していると思います。
金策に疲弊した男がマンションの汚い部屋に帰ると女が薄暗いキッチンで飯を作っている。ここで会ったが百年目よくもまあノコノコ帰ってきやがったなあの男を一瞬で懐柔してしまう。
演じているのがイ・チャンドン「シークレット・サンシャイン」で失踪した幼い息子を探して彷徨する母親を演じたチョン・ドヨンなのだが、その役と凄い振れ幅で稀代のファムファタールを完璧にものにしていると思う。
彼女を見るだけでも一見の価値がある。世界の底浅を穿って突き抜けてると思います。
世界が狭く底浅のきらいは拭い難いが、それでもチョン・ドヨンの造形するファムファタールがアジア的世帯臭と剣呑を帯びて出色だ。金策に窮する男たちのヒリヒリした鬩ぎ合いを尻目に鮫は脇目も振らずに回遊する。時制の錯綜が意味を持っているのもいい。(cinemascape)