男の痰壺

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グンダーマン 優しき裏切者の歌

★★★★ 2021年6月19日(土) シネヌーヴォ

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映画を構築するのに、主人公グンダーマンを取り巻く2つの大きな心理的な相剋がある。

はずなのだが…。

1つは、邦題にもあるとおり、東西分断下の東ドイツで、国家秘密警察の犬となって西側への亡命分子をチクっていたという点と、もう1つはバンドメンバーでもある妻との別れと復縁。

前者などは映画ならサスペンサブルに描くのが常套のはずだが、本作ではチクリの実情は描かれない。唯一あるのは西側に行って1人の男を東ドイツに連れ込めとの密命を受けたグンダーマンが、そいつと酒飲みながら「いっぺん来なよ」「やなこったい、帰って来れなくなっちまわあ」とグデングデンになりながら言い合いするシーンぐらいしかありません。

 

グンダーマンは、国家秘密警察の男から最初に話を持ちかけられたときも、あっさり応諾する。それが悪いことだと思ってないようだ。じゃ、ノンポリのバカかと言えば、体制内の問題にはガンガン文句言うし反逆するわけです。

こういう男を映画は肯定もしないし否定もしない。そのスタンスはワンサイドから決めつけるように裁断するのが正義と勘違いしてる某国のマスメディアとは正反であります。

 

妻とのあれこれも、映画が時制をシャッフルしてるので、なんだかようわからんままに見続けるわけだが、肝心の最初の破綻に至る修羅場とかも全く描かれないのでライトです。

 

要はこの映画、劇的な部分を敢えてとばして、局面ごとのグンダーマンを淡々と見つめ続ける。故に感情のとっかかりが希薄になる。

しかし、そんな乗り切れない気持ちを吸引する映画的な美点が2つある。

グンダーマンはシンガーなので、当然ライブシーンが随所にある。特に炭鉱労働者たちを前に寂れゆく鉱山を歌うシーンは秀逸だ。なるほど彼はこういう歌の担い手やったんやなとわかる。名前が出てくるディランやスプリングスティーン的な、或いは日本だと千春や長渕みたいな。

もうひとつは、グンダーマンが働く露天掘り鉱山の採掘作業の圧倒的景観で巨大重機の動きが見てて飽きません。少し「フェリーニのローマ」の地下鉄工事の描写を連想してしまいました。明らかな重機フェチズムの匂いがします。

 

秘密警察の走狗としての実情も女房との離縁の修羅場も抜いたことは偏向ではなく時代の必然とするバランス感覚。扇情性を排された作劇の淡白は背骨が通っている。一方で労働歌のライブシーンや露天掘り巨大重機のフェチ描写が映画的エモーションを喚起する妙。(cinemascape)

 

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