男の痰壺

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最後の決闘裁判

★★★ 2021年10月21日(木) TOHOシネマズ梅田10

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粗野で豪放磊落な田舎騎士をマット・デイモン、女たらしの二枚目成り上がり騎士をアダム・ドライヴァーって、ちゃうやろのキャスティングだが、見せ切ってしまう2人のキャリアはさすがだと思う。

 

制作・脚本を兼ねるマット・デイモンリドリー・スコットに監督を依頼しに行ったとき、しきりに「羅生門」の話をしていたとのことからも明らかだが、これは強姦事件話めぐる3者の主観的真相の違いを主軸としている。

が、決定的に弱いのは「羅生門」が、検非違使の裁定の場を設けて事の真相を解き明かすことが映画の本枠に置かれたのと違い、本作では真実はどうだったかという点はどっちかというと蔑ろなのだ。だって真実がどうであれ2人は決闘するわけなんだから。

俺は何となく、実際は和姦だったんじゃないかと思いながら見ていたのだが、そうならないなら「羅生門」形式の叙述なんて単なる思いつきのハッタリに過ぎなくなってしまうんじゃないやろか。

 

側面から2つの意地・矜持が浮かび上がる。

1つは泣き寝入りすれば事は穏便に収まるところ、公にして強姦男を罰してやりたいという女の意地。

2つ目は領主&友人騎士から再三に蔑ろにされた男の矜持。

どちらもドラマチックに映画を盛り上げる要因なのだが、前述の羅生門メソッドに囚われた流れの中では十全にそのパッションを描き切れず糞詰まりの誹りは免れない。

 

古城をはじめとしたロケーションの魅力や決闘場のオープンセットなどプロダクションデザインの秀でた仕事はトップクラスと言っていい。

主役3人にベン・アフレックを加えた役者陣も力演。特にベンアフの意外な抽斗には驚いた。

 

潔白を賭した女の意地と奸謀に報いる男の矜持。2点に収斂するスパークするドラマトゥルギーの形成に羅生門叙法は些かも貢献していない。シンプルでも良かった。リアル古城などのロケーション美。正反タイプの役を捻じ伏せた男優陣の力量。ともに素晴らしい。(cinemascape)

 

 

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