男の痰壺

映画の感想中心です

グッバイ・クルエル・ワールド

★★★ 2022年9月14日(水) 大阪ステーションシティシネマ11

ドン詰まりの男たちがヤクザの資金を強奪したあと自壊していく顛末ってことで、石井隆の「GONIN」を連想する。

しかし、その印象は、鳴り物入りの期待を煽ってトホホな結果だった深作「いつかギラギラする日」を何故か思い出してしまう作品となった。玉城ティナの逝っちまった感ある造形が荻野目とダブったのかもしれない。

だいたい、このティナと宮沢氷魚カップルの追い詰められ感が甘いので、あそこまで壊れるに至る顛末は如何にも唐突で、まあ言えばこの2人が裏の軸とも言える映画だと感じたりするもんだから、その点で肝を外したと言うしかない。

 

このカップルに加え、追手側にもう1人、癒着刑事の大森南朋がいて、そうなると、もう完全にヤクザ本尊は蚊帳の外で、ヒリヒリするような怖さは減殺される。

そのように注力されるキャラが多すぎて、肝心要の主役の西島の描写は手薄となる。そもそもにこの人、元ヤーさんという設定を熟せてないと思います。リアル刑事とリアルヤーさんに接したらわかると思うけどオーラと気迫が薄すぎ。

 

アクション演出も、どこかもっさりしている。大森立嗣は好きな監督だが、こういうジャンルは向いてないのだろう。白石和彌とか豊田利晃とか入江裕とかの方が向いてる思います。

 

犯行グループVSヤクザの骨太展開ではなく搦め手からの圏外因子が物語を撹乱する。そういう映画ならそれもいいがティナ&氷魚のカップルの壊れ方は余りに唐突。錯乱する展開に竿刺す三浦子飼い連の混沌は締めるべき2人に仮託する詠嘆を薄める。(cinemascape)

 

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