男の痰壺

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エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

★★ 2023年3月5日(日) MOVIXあまがさき10

ミシェル・ヨーがミシェル・キングという名前で出てた頃からの彼女のファンだし、「スイス・アーミー・マン」は未見だがシャイナートがピンで監督した「ディック・ロング」のユーモアのセンスも大変買っている俺だから、この映画は絶対好きに決まってるやんと思っていたんだが、全然ダメやった。

 

マルチバースとかいうDCやマーベルもどきのご都合設定がどうもねと思う。昔のSFなんかではパラレルワールドとか平行世界とか呼んでもうちっと規律があったように思えるのだ。

人生の選択をあんときあーしてればどうやったやろかレベルのミシェルの職業七変わりと、娘や税務課職員が超常のワールド破壊者である世界との合理的連関は無い。なので、その無規律にどうでもええわとなる。ハチャメチャな混沌の果てに遂には夫婦が荒野の石である世界も提示されるが、うぷって作り手ダニエルズのほくそ笑みが透けて、あんじょう1人で受けてろ思うだけで俺の心は絶対零度まで冷え込むのであった。

 

ミシェルがアカデミー賞を取ったことを素直に喜びたいが、還暦越えの彼女の殺陣に往年の凄みなど最早あるわけない。証文の出し遅れもええとこやわ。

そして、俺の脳裏に30数年前の暗黒の日々がよみがえる。鬱屈を抱えて行った新世界の映画館で3本立ての1つとして見た「レディハード 香港大捜査線」。初めて彼女を見て余りの技のキレに興奮して日々の地獄をひととき忘れられたあの日。

 

無規律な混沌を描くに規律を用無しとすれば映画を手繰寄せる縁は放逐される。あんときああしてりゃの人生選択と宇宙の破壊神が何故か我が娘の世界をマルチバースですからと並べられても勝手にすればと心冷める。これでは夫婦の乃至は母娘の絆の回復には遠い。(cinemascape)

 

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