男の痰壺

映画の感想中心です

空母いぶき

★★★ 2019年5月30日(木) TOHOシネマズ梅田3
イメージ 1
原作未読です。
 
ぜんぜん見る気がしなかった。
なぜなら、日本の専守防衛とやらに雁字搦めになっている自衛隊の現状を、忠実に敷衍する内容であればあるほど煮えきらない代物になるに決まっているからだ。
そこに輪をかけて、映画界の及び腰の体たらくが大きな枷となる。
案の定、原作では「中国」、「尖閣」とされたものは、「東亜連邦」、「初島」となった。
 
そういう予断で見た映画は、思いのほか悪くなかった。
まず、開巻まもなくして、いきなり敵潜水艦からのミサイル攻撃を食らう。
威嚇でなく本気の攻撃であって、ああ、そういう映画なんやと気持ちは前向きになる。
以降、魚雷や戦闘機の攻撃を繰り返し受けるのだが、なんとか凌ぐ。
凌ぐだけでなく、致命的な攻撃ができるところを隘路を縫って敵のダメージを最小限にとどめる方法で反撃する。
況や、何百人もの戦死者を出せば報復の連鎖が起きると言うのだ。
 
きれいごとに過ぎる気もするが、釣瓶打ちの攻撃を受けながら、そういう考え方の基軸がぶれない彼らに、俺はちょっと感動もした。
もちろん、現実はそんなふうにはならないだろう。
危機を神業で回避し続けることなんか無理やろうと思うし、いざ、自衛隊員に何百人もの犠牲がでたとき、報復を思いとどまるのか?って思う。
とどまれないのじゃないか。
 
映画は、情緒的な描写を排除していて、特に国民の反応の描写を抑えている。
自衛隊員の家族が出てきて、夫の無事を祈る。
なんていう扇情的な描写は無い。
あるのは、とあるコンビニのクリマスイブの顛末で、ここに結構な尺を費やす。
一見、すごいバランス感覚だが、店長の中井貴一の好演もあり、俺はシュアな選択だと思った。
 
安部首相を揶揄したとかしないとかで、佐藤浩市の発言が一部で物議を醸した。
この映画の佐藤浩市は近年の彼の仕事でもベストワークに近い名演だったと思うし、もちろん三流役者だなんて思わない。
ただねえ、百田尚樹の発言の裏にあるのは、映画ジャーナリズムに蔓延する反安部イズムへの反駁が根底にあるのは間違いないと思うのだ。
「反権力」ってのが、70年代とは意味が違ってきていることに佐藤浩市は気づいていない。
安部を筆頭とする改革志向の為政者を権力の横暴だと叫ぶ連中こそが権力者なのだよ。
国会前で反アベのデモをやってる連中って、生活になんの心配もない団塊世代の連中じゃん。
そこが、勘違いでかっこ悪いと思うのだ。