男の痰壺

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マンディンゴ

★★★★★ 2021年4月24日(土) シネリーブル梅田2

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俺はある方面の人たちが評価するようにはリチャード・フライシャーの何が良いのかてんでわからない人間ですが、これには参りました。

ある意味、佐藤純彌の「私設銀座警察」や山下耕作の「総長賭博」みたいな累々たる凡作群の中から現れた突然変異な弩級の傑作を思わせる。

 

この映画に登場する人物は須く明確な自己判断基準を持っており、その論理基準(倫理基準でなく)は揺るがない。その、ロジカルな思考による行動の相克がのっぴきならない帰結に至る様は「総長賭博」のようで、ひいては三島がギリシャ悲劇のようと評したそれは、この作品にも当てはまると思います。

 

タイトルロールはずいぶん下の方だが、ペリー・キング扮する荘園主の息子が実質的主人公で、彼が黒人奴隷に対して穏健的とかいう以上に性的嗜好が黒人女性に向いてるらしいのが突き抜けている。

公開当時、アメリカの評価が下劣な愚作と黙殺に向かったのは、おそらくこの部分が琴線に触れたからだろう。暗部を描いた裏面史だからではないと思います。

 

恋愛感情はあるが奴隷制度の絶対不可侵な規律が圧倒的にそれを凌駕する。したがって彼は許されぬ恋とか悩むことはないんです。

ラストで「あなただけは違うと思ってた」というケン・ノートンの台詞はとんだ勘違いで、主人の判断の規律を見誤っていただけだ。

 

何年か前の「それでも夜は明ける」で、黒人女性の荘園主が出てきたのを見て、歴史的事実の複層性を知らされたのだが、本作はその前史とも言えるだろう。

ハリウッドはバカげた人種コードでお為ごかしの有色人種ちょい混ぜなんてやめて、ど真ん中から黒人と白人のラブシーンのある恋愛映画を撮るべき。