男の痰壺

映画の感想中心です

パリの恋人

★★★★ 2013年10月6日(日) MOVIXあまがさき2

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序盤はもたついてるが、場がパリに移ってからの多幸的躍動感は素晴らしく、オードリーも茶目っけ満載のオーラを発散し、アステア&トンプソンの老練実力者と好コラボを形成している。廉価版『マイ・フェア・レディ』だが彼女には間尺が合ってる。(cinemascape)

アルタード・ステーツ 未知への挑戦

★★★ 1981年6月21日(日) 池田中央第二映劇

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SFXは相当に良いが、結局進化の過程を遡行するというアイデア以外に何もなく、ならばいっそのこと生半可なストーリーなんて不要で、『2001』みたいにドラッグイズムの果てに哲学しちまえば良かったのだ。愛って…安易だ。(cinemascape)

真実

★★★★ 2019年10月13日(日) MOVIXあまがさき7

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見る前に、日曜朝のトーク番組で是枝がこの映画の子役について語っているのを見た。

とんでもないクソガキだと。もちろん好意をこめてだが。

 

慣れ親しんだ面子の現場ではなく、初めての顔合わせの現場に入っていって仕事を御するってのは、一般の社会生活に於いても侭あるわけで、そういうときにどういう手管で人心を掌握するかってのを先天的に理解しているのだろうと思った。

子役は、当然ガキなのであって、ガキには大人は寛容であらねばならないし、であるからガキを掌握すれば現場の統御にもつながる。

 

もう1人は、撮影担当者で、テクニカルな面で現場の責任者は彼なのであって、そこに万全の信頼を寄せられるってのがプロジェクトの成否の鍵なのではと思う。

エリック・ゴーティエというベテランでありながらチャレンジングに次々と多様な現場を経てきた撮影者を選択できたことも成功の一因であったと推察できる。直近の彼の仕事がジャンクーの「帰れない二人」ってのもアジア人との親和性を物語る。

 

まあ、母娘の長年にわたる軋轢の物語であって、ベルイマン秋のソナタ」と基本の骨子は相似であって、母であり妻である前に女優であったという設定に愛情を受けれなかったという娘の積年の鬱屈が爆発する。

特段ここに、新しさは何もない。

のだが、是枝の仕掛ける多様な人物群の錯綜が、その骨子を幾重にも包み込んでまったく飽きさせない。もう彼のお家芸といっていい得意中の得意な構図だ。

脇にいる2人の男が良い。1人は長年マネージャーを勤めてきた男でもう1人はドヌーヴのパートナー兼料理人的立場に甘んじている男。

この女王に傅くかのような生き方を是枝は全肯定で物語の脇に置いている。それが物語りに幅をもたらしていると思う。

 

総じて、又かの家庭劇を、それでも熟達の境地で描いて小津かよって思う世界ではあるが、その完璧な均衡の中で撮影される劇中SF映画が、異物感を払拭できてないと思った。これは是枝の創作ではなく、実際にある小説らしいのだが、どうにも陳腐だ。

であるから、女優としての岐路に立つドヌーヴの懊悩や、作品の影のキーパーソンであるサラおばさんの生き写しという新進女優との軋轢とかがどうにも形骸的に思えてしまう。満点にできなかった理由です。

 

篇中、ドヌーヴが車中の四方山話で姓名のイニシャルが同じ女優が本当にすばらしい仕事をしたと言う。シモーヌ・シニョレグレタ・ガルボやアヌーク・エーメや(他あったと思うが忘れた)とか言ってあと、ブリジット・バルドーもよねと言われて、何それフンみたいなリアクションをする。アドリブであろうが笑った。

ダークスカイズ

★★★ 2013年9月14日(土) 新世界国際劇場

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1軒家に住む家族を襲う怪異譚として趣向の新奇さは無いのだが、平板なのっぺりした画面で淡々と語られるのが安くて悪くない。寧ろ顛末が明らかになるにつれ、ジャンルに対して正鵠を射てると思えてくる。J・K・シモンズの諦念が静かな余韻をもたらす。(cinemascape)

真夜中の向う側

★★ 1981年7月3日(金)  梅田ロキシー

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矢継ぎ早に何かが起こればいいというもんでもない。ハーレクインな割り切った展開とも言えず、かと言って強固な意志に貫かれているわけでもない。全てが中途半端で凡庸。主役2人も全く精彩がない。(cinemascape)

惡の華

★★★★ 2019年10月11日(金) TOHOシネマズ梅田7

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 原作未読です。

中二病を病んだ少年が、本物に出会って自虐感にとらわれ、自らも本物になろうと足掻く話ってことでいいのだろうか。

その本物ってのが、玉城ティナ演じる女子高生なのだが、見てる方としては、さあどこまで本物やねん、と手ぐすねひいて見るわけで、そういう意味で難役であると思う。

ティナちゃんは、ハードルの高い役に挑んでよく頑張ってると思いました。

まあ、可愛いから許すって面もあるんですが。

 

俺は、しょーもない奴らと合わせてやってるが、全然、天才なのであって、いつか奴らの及びもつかないところへ行く男なのさ。

って日ごろ考えてるのが中二病なんでしょうが、それ、ガキの頃の俺やんけと見てる間、胸苦しい思いをしていたわけで、でも、現実にはティナちゃんは決して現れることはないわけであります。そのうちに色々現実を知って、俺って天才感は雲散霧消する。

 

この物語は、そういうあっち側の人と出会って、それでも寸でのところで引き返せた、乃至は引き返してしまった、或いは一緒に行ってやれなかった自分のかつての思い出を苦渋と懺悔と、おそらく幾ばくかの安堵をもって見つめ直す物語だ。

おちゃらけ三昧を旨とする井口昇としては、初めて衣を脱いで撮った映画といっていいのではないだろうか。

パッション

★★★★ 2013年10月11日(金) TOHOシネマズ梅田10
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嫉妬と懐疑の錯綜するタペストリーを心ゆくまでねっとり巧緻に織り成したいというデ・パルマイズム純粋系譜上の佳作。ただ、技巧的には随分淡白になった。来たーっと思ったら、あっさり切ってしまう長回しが切ない。サディズムがその分露骨になったね。(cinemascape)