男の痰壺

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苦い涙

★★★★★ 2023年6月21日(水) シネリーブル梅田3

ファスビンダーの「ペトラ・ファン・カントの苦い涙」は学生時代に見ているが、その閉じた世界に全く入り込めずひたすら退屈だった覚えがある。これは、ファスビンダーに私淑するフランソワ・オゾンが同作を再解釈したもので、女優の主人公をオッサンの映画監督に置き換えて原題が「ピーター・フォン・カント」。この邦題を前作のケツを取って「苦い涙」としたのは粋で久々に邦題の快打だと思います。

 

オッサンは明らかにファスビンダーに似ている俳優だし、楽屋落ちめいた台詞もある。若い愛人がゼフィレッリの新作に抜擢されたっつーのはなんでしょう。「ブラザー・サン シスター・ムーン」でしょうか、見てないけど。オッサンの老母をハンナ・シグラが演っていて、彼女は「ペトラ」では若い愛人役を演ったファスビンダー映画のミューズ。これらの二重三重の映画史的なレトリックが大層効いてほんまにオモロい。ああ、この話ってこんなにオモロいものだったのねんのねんです。

 

オッサンと若い男の愛憎劇を主軸にオッサンの秘書兼執事の男とロートルの女優が絡む。この執事カールを演ってる方初めてでよく知りませんが絶品です。なんというか笑ってしまうほどに全存在でカールです。女優は懐かしいイザベル・アジャーニ。もう70手前みたいですが厚化粧で乗り切っております。ご苦労さんと言いたい。

 

話は甚振り尽くして最後にぶった斬るという前作ともどもにサディスティックなもので、女が主人公だと露骨とも思えるミソジニー展開がキツいんですけどオッサンだとなんか笑えるんですな。そのジタバタな様に自身を仮託されたファスビンダーも草葉の陰で苦笑いしつつもきっと本望であろうと思えるのです。

 

甚振り尽くし最後にぶった斬るサディスティック展開は女が主人公だと露骨なミソジニーがキツいのだが、オッサンに置き換えると爆笑譚に転じるというコペルニクス的発見。ファスビンダーへの私淑は配役への絶妙の目配せを経て高度なエピックへと連結する。(cinemascape)

 

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