男の痰壺

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幻の湖

★★★ 2024年1月11日(木) シネヌーヴォ

愛犬を殺され復讐に血眼になるトルコ嬢というのが物語の骨子なのだが、そこに絡ませ切れてないネタを大量にぶち込んで悠久の混沌とも言える時空を横断したエキセントリックハイパーナチュラルな世界が現出している。言い換えれば闇鍋状態の思い込みの坩堝。

橋本忍は述懐している。考えれば考えるほど失敗作に思えてきたが準備がすすんで後戻りできなかった、と。「砂の器」「八甲田山」の成功を背景に橋本プロは飛ぶ鳥を落とす勢いで誰も止められなかったんだろう、橋本自身でさえも。

 

内容的にてんで体を為していない映画なのに外枠は頑強である。黒澤組から撮影の上田正孝と美術の村木与四郎を、野村組から音楽の芥川也寸志を招聘して鉄壁の仕事をさせる。特に村木の美術は戦国時代はともかく雄琴のトルコの内装まで無駄に豪奢に作り込んで魅せるのだ。

準備にも潤沢な時間を注ぎ、公募で選ばれた主演の新人、南條玲子は五輪ランナー宇佐美彰朗の猛指導のもと延べ5400キロを走破させられて、おかげで彼女の走りは見事なもんである。しかし、そもそもに何でトルコ嬢が明けても暮れても走ってるのかは謎なのだ。

 

現代の愛犬殺犬事件と、後半に唐突に出てくる戦国時代の信長・浅井に絡んだ悲劇がどうリンクするのか「お市」という源氏名以外にキーワードは無さそうで建て付けは限りなく脆い。そこにアメリ諜報機関員の身分を隠してトルコ嬢として働く女や、NASAの宇宙飛行士でありながら琵琶湖畔で鎮魂の笛吹く男などの無意味に世界を拡張する駒をぶち込んで収拾がつかなくなった。それでも先述のようにプロジェクトの外枠はご立派であるので投げやり感は微塵もないのである。

滅多に見れない代物ではある。

 

思いついた奇矯なネタを並べてみたがジョイントが脆弱なので空中分解しかかるが外枠の撮影・美術と南條玲子の走りが想像以上に強固でゲル状の中身を無理くり固め込んだ。本来は制作にGOがでない筈の代物が間違って世に出てしまった映画史偶然の賜物。(cinemascape)

 

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