男の痰壺

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いとみち

★★★★★ 2021年3月14日(日) シネリーブル梅田3

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メイド喫茶津軽三味線

ある意味で、うなぎと梅干し、スイカと唐揚げに匹敵する食い合わせの悪さのような気がして食指が動かない。

横浜聡子の新作でなければ、多分スルーしただろう。大阪アジアン映画祭で見ました。公開は6月みたいです。

 

昨年「のぼる小寺さん」という映画があって、何が良かったかというと、主人公に集団的ムラ意識から解放された自我が備わっている点で、今作も同じ系譜上の映画だと感じました。

 

メイド喫茶でバイトを始めた女子高生の主人公は、休憩時間に先輩メイドの子に聞かれる。

「クラスに友達いるの?」

彼女はいないと答えるのだが、それがいけないことだとは思っていないみたいだ。

祖母、母と続いた津軽三味線弾きの系譜にいる彼女は当然のように幼い頃から弾いてきたわけで、でもやっぱりお年頃になって、なんだか三味線ってダサってことでやーめたとなる。

で何てメイド?だけど、スマホのバイト検索で最初の方で出てきたからくらいしかなさそうで、外の世界への関心が希薄なのだ。

 

人間は社会的な生き物であるから、他人と関係をもたずに生きることはできない。しかし、それが先鋭化して余りに同一化を求めるような風潮が蔓延していないか?特にこの日本という島国に於いては。

差別やイジメってのは同一化を乱す者に対してむけられる。関係性を断つのは難しい。この映画のメイド喫茶はそういうシステムから弾かれた人たちのシェルターとして機能してるみたいだ。

 

かといって映画は、この小さな世界に埋没することを全肯定してるわけでもなさそうで、それは主人公の父親のトヨエツが、娘と喧嘩して捲し立てる「メイド喫茶なんてのは」から始まる台詞に現れている。ここで俺は全く同感やと安心するのてあった。

 

流れとしては、この手のジャンル映画の常套を逸脱するものでもないし、新規軸があるわけでもないが、監督の故郷である青森の風土と言語を血肉化・定着させて見応えのある世界を形成している。昨年から佳作が頻出するご当地映画の流れを決定づける1本になるかもしれない。

 

10数年前、「ウルトラミラクルラブストーリー」を見てとんでもない大器と期待させた横浜聡子だが、この作品を契機に飛躍してほしい。それを期待させる作品でした。

 

取り巻く世界に関心なさげな主人公がシステムから外れた者達のシェルターとしてのメイド喫茶で働くことによってオリジナルな関係性を構築していく物語。生じる軋轢は父娘の関係もリストラクトするだろう。新たな未来が開けるかのような透徹したラストだった。(cinemascape)