男の痰壺

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やまぶき

★★★★ 2023年3月21日(火) シネヌーヴォX

映画は山口県山間部の採石場から始まる。発破をかけ重機で砕いた岩をコンベアに運ぶ淡々とした無機的描写は、少し前に見た「グンダーマン」の巨大採炭場のそれのスケール縮小版みたい。そこで働く何かの事情で日本に流れ着いた韓国人チャンスが主役だが現場ではベトナム人労働者も多数いて多国籍で混成される川下の労働環境が物語のファクターの1つかと思わせる。が、この現場やベトナム人はこの後出てきません。

 

本作は、チャンスという男のパーソナルな生き様を描いたもの。ドン底人生から這い上がり叩き落とされ又這い上がる…みたいな。そこにソーシャルな周辺の環境描写を付け加えていく。それはそれで良いと思う。

 

ただ、環境描写としての社会性にとどまろうとせずに、映画にはもう1人の主役として女子高生を登場させる。父親の刑事がチャンスと関わりをもつ他には主線の物語とは直接の接触はありません。彼女は社会性に目覚めてある団体と関わりを持つ。9条堅持のプラカードを持って街角に立つ行動を始める。しかし、そういう意識の芽生えや醸成の過程は描かれない。あたかもそれが正しいことだと作り手も盲信してるようだ。俺は落胆した。

 

それでもチャンスの物語は少なからず心を打つ。全てが悪目に転がる人生でもがきながら、なんで俺だけがと自暴自棄に陥らず嘆きながらもそれでも何とか生きて行く。大多数の社会的弱者はそうやって生きてるんです。犯罪に走るとか自らの命を断つとか、映画は得てしてそういうケースを取り上げる。本作はそこから取りこぼされた普遍に脚光を当てているように思えます。

そして、そんな彼にも希望の光が射して映画は閉じられる。

16ミリフィルムの撮影も深みを醸して良い。

 

9条堅持を訴える女子高生とどん底人生に踠く韓国人を併置したところで意味あるとも思えぬが、彼を取り巻く職場・家庭の描写に一方ならぬリアリティと厚みがあり魅せられる。それは全てが悪目に転がっても歯を食いしばり生きる大多数の人たちへの思い。(cinemascape)

 

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