男の痰壺

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キリエのうた

★★★★ 2023年10月31日(火) 大阪ステーションシティシネマ12

改めて岩井俊二の時間軸を操る脚本構成の力量を感じさせる映画だと思う。「Love Letter」や「ラストレター」でもそれは感じたが、今回は空間的な跳躍が加味される。

大過去の宮城石巻と大阪、中過去の北海道帯広、現在の東京と4つの時制と空間を錯綜させて3名の男女の物語を展開する。そしてタペストリーのような複雑な織り込みを紡いでみせた。

東日本大震災が物語の起点となる。正直、出し遅れと今更を思ったけど、仙台出身の岩井にとっては避けて通れないところだったんでしょう。震災そのものの描写ではなく、その直前の街並みの静かな佇まいに来るべき凶事の予兆が充ちているあたり、覚悟を感じました。

 

80年代的な女の子+ポップな音楽という表向きの意匠の傍で70年代的な泥臭さい生理が否応なく表出されるというのが「リップ・ヴァン・ウィンクル」以降の岩井に対する俺の見立てなんですが、そういう部分を広瀬すずに被せてきたのも予想外だった。

北村北斗演じる男のキャラも通り一遍ではない。言わばグイグイ来られて寄り切られる男であり、キリエに対する本心はわからない。ズルいとも言える。だが、そのズルさは、喪失に際して呵責と責念の十字架を彼に背負わせ続けるだろう。

 

本作はキーパーソンのアイナ・ジ ・エンドの歌唱にインパクトがないと設定が成立しない。その点、万人にインパクトを与えるという点では申し分なかった。広く受け入れられるかは知りませんが。演技面でも、まさか2役をこなすとは思わなかった。健闘してると思う。

 

終盤まで長さを感じさせない力作なのだが、それでもアイナとすずの海岸シーンで終わるべきであった。野外コンサート以降は冗長に感じ、特にすずの顛末に関しては言わずもがなで凡庸に感じた。★5に出来なかった理由です。

 

黒木華に関して言及が漏れたが、この作品の良心を担う胡散臭い役柄を全くそう感じさせないノーブルな関西弁で体現していた。と思ったら高槻出身やったんやね。

 

時間軸の往還と空間の跳躍を縦横に操る岩井のストーリーテラーとしての本分が想像以上に結実。その中で純な魂がクソに塗れていき、打算的な狡さは取り返しつかない悔恨をもたらす。その70年代的な生理の傍でアイナは80年代的に再生を果たすのだ。(cinemascape)

 

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