男の痰壺

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あなたの顔の前に

★★★★★ 2022年6月27日(月) テアトル梅田2

ホン・サンスがこれまでの大同小異な作風とは異なる領域に踏み込んだ作品だと思う。それは、これまでにないくらいのオーソドックスで強度の高い展開を持つ点と、自身による撮影がグラフィックな光彩をときに志向している点に於いてです。

冒頭の部屋から見える町並みの望遠レンズで抽象化された美しさや人物に対する仰角構図の安定感など、時にキェシロフスキーの映画かと思わせる。

 

アメリカで女優をしてた女が帰郷し、久しぶりに再会した妹とそぞろ歩きながら語り合う。その後、旧知の映画監督と会い映画出演の話をする。とまあ、それだけの話なのだが、前半の小川や湖沼を背景にした姉妹の会話が年季の入ったベテラン女優が持てる滋味を余裕で出し入れする感がありたまらない。

後半の監督とのシーンは逆にザ・ホン・サンス的食事のグダ語りだか、ここは10数分の固定長回しで決定的なことが語られる。

 

彼女はどうして帰郷したのかが判明し、ひとときの拠り所を希求して揺らぐ心。

それが一転する翌朝の部屋。イ・ヘヨン独壇場の一人芝居。

そして、寝入る妹を見つめる彼女は柔らかな曙光に包まれる。

畳み掛けるような素晴らしいラストであった。

 

アンチドラマ叙法を脇に置きグラフィックな光彩を意識した撮影がホン・サンスの転回を思わせるが彼女の目に映る記憶の刹那な浄化として必然だった。呑み語り場の翌朝、断ち切られた縁に哄笑するイ・ヘヨン1人芝居の独壇。そして彼女を包む優しい光。(cinemascape)

 

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