男の痰壺

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執炎

★★★ 2017年8月17日(木) シネヌーヴォ
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恋の形成過程が生半可なので違和感が付きまとう。
山の女と海の男の出会いは幼少期で、あっさりしたもんで、感情の発露は描かれない。
そして、成人してしてからの再びの出会い。
山の落人部落をたまたま訪れた男は女に出会うが…。
 
今で言うツンデレでしょうか。
固い表情を崩さぬ彼女が、道案内で一歩外に出たとたん豹変する。
そうなるには、ずっと彼のことを恋焦がれていたという描写が不可欠です。
かのツイィーちゃんの「初恋のきた道」ぐらいにね。
 
後半、戦時下になり、男は徴兵される。
さびしいさびしいと女は思うが耐える。
男が怪我をして戻った。
 
このあたりから、パラノイアな展開が顔を出す。
医者は片脚を切断しないと命が危ないと言うが女は断固拒みます。
2人で山にこもって闘病・リハビリ生活。
世間との関係も断ってしまう。
持ちこたえた彼がなんとか治ったら再度の赤紙
ここで、彼女が言う。
「こんなことなら脚治らんかったらよかった」
一瞬、俺は、このあと女が包丁もって男の脚を切る展開になるのかと思っちゃいました。
 
機関車が走る山間の鉄橋が折にふれて舞台になる。
確かに画になる景観なのだが、これも使いすぎ。
 
愛が嵩じて妄執に至る熾烈を描いてるのだが、恋の形成過程が生半可で違和感が付きまとう。大して意味成さない山と海の集落分断や渓谷に架橋された鉄道は記号として何かを提示するに至らず趣向に留まる。パラノイア展開が収斂すべき「脚」だが赤紙で雲散した。(cinemascape)