男の痰壺

映画の感想中心です

運び屋

★★★★ 2019年3月8日(金) 梅田ブルク7シアター2
イメージ 1

予告篇を見て、イーストウッドの老いが痛々しいので見るのやめよかと思ったが、あれは演技やという話を聞いて、ならばと見に行った。ところが、篇中、存外に老いというものを強調しない演出であって、でも、御年89歳のイーストウッドは紛れもない爺いであるから、強調しなくたって老いているわけです。

 

やっぱどうしたって、昔のようには颯爽と歩けないし、なんとなく猫背で腰曲がってます。
そういう自分をさらけ出すことに、些かの躊躇もないんですな。
まさに生き様の為せる泰然であり自若であります。
 
映画は、アクションとかサスペンスの醍醐味はほぼ無い。
ええ歳こいて悪事の加担にズンボズボはまっていく前半は、この野郎ロクなことになんねえぞってことでまあ、見てて楽しいことは無い。大盤振る舞いでいい気になってアホかって思う。
ところが、映画は舵を切る。
妻と娘に不義理をしてきた自分の生き様への悔悟と清算へと。
そこで、おっかない連中と軋轢が生じるのだが、十八番の苦虫噛み潰したニヒルポーズで「殺すなら殺しやがれ!」とくる。
出たー!決まったー!の瞬間です。
不満は清算される。よぼよぼ爺いイーストウッドの掉尾の一振であった。
 
老妻のダイアン・ウィーストが素晴らしい佇まいだ。「アリー」で1ならぬ2つも3つも株を上げたブラッドリー・クーパーも好位置でイーストウッドをサポートしている。


御歳89歳のリアルを曝け出すに覚悟とかすらない達観。問答無用の爺いの犯罪は苦境を乗り切るサスペンスに加担するのも躊躇するが漸くの家族不義理の自戒と清算。その際に生じたヤバい連中との軋轢を十八番の苦み走った啖呵で切り抜ける。参りましたの境地。(cinemascape)