男の痰壺

映画の感想中心です

過去日記 2011

映画 2011
今年、映画館で見た映画が91本。
案の定、100本を切り、俺の黄金時代は2年で終了した。

主なものをシネスケ採点で列挙すると

日本映画★★★★★
冷たい熱帯魚」「八日目の蝉」「弥太郎笠」
日本映画★★★★
海炭市叙景」「パラダイス・キス」「奇跡」「一枚のハガキ」「野獣の青春」「電人ザボーガー」「アジアの純真」「劇場版 目を閉じてギラギラ」
外国映画★★★★★
「人生万歳!」「ソーシャル・ネットワーク」「ザ・タウン」「シリアスマン」「ザ・ファイター」「隠された日記 母たち,娘たち」「バーレスク」「ブルーバレンタイン」「ツリー・オブ・ライフ」「〔リミット〕」「ラビットホール」
外国映画★★★★
「戦場にかける橋」「ザ・ウォーカー」「ビッチ・スラップ 危険な天使たち」「アンチクライスト」「トゥルー・グリット」「キラー・インサイド・ミー」「クロッシング」「ブラックスワン」「ザ・ホード 死霊の大群」「SUPER8 スーパーエイト」「アレクサンドリア」「英国王のスピーチ」「スタンド・バイ・ミー」「この愛のために撃て」「引き裂かれた女」「ゴーストライター」「わたしを離さないで」「ミッション:8ミニッツ」

と、まあ40本以上に満足したという何でも来いのインフレ天国なのだが、しかし、こと邦画の新作に関しては惨状と言うしかなかったのではなかろうか。林由美香の映画見ていないことから敬遠した「監督失格」や関西未公開の「サウダーヂ」を考慮してもだ。
そんななか「冷たい熱帯魚」と「八日目の蝉」が救いだった。
正直、「恋の罪」のダメ加減を年終盤に見て「熱帯魚」が園子温フィルモグラフィ中屹立する可能性に思いを馳せたりもしたのだが、やはり俺は、「八日目の蝉」の一見陳腐なテーマから風土に根ざした巨大なクロニクルを紡ぎだした成島出の底力に惹かれる。
洋画は、相変わらずのコーエンの技巧が炸裂する「シリアスマン」をとも思うのだが、夫婦の危機を描いた「ブルーバレンタイン」と「ラビットホール」が好対照のアプローチで2本揃ったことに何かの暗示を思うのだ。何の暗示かは知らんが…。

そんなわけでベストムービーは
「八日目の蝉」
ブルーバレンタイン
2011年12月31日 (土)
承知しましたじゃねえよと森田芳光のこと
この1週間というもの何十回聞いただろう。
「承知しました」
という台詞。
家でも会社でも、どいつもこいつも…。

「おい…お前や、どないすんねん。今月坊主やないか、言い訳はええねん、どないすんねん言うとんや、えっ、一生懸命やってる?一生懸命やってくれんでええよ。一生懸命やらんでええから…な、今日中に意地でも3件上げてこいや」
「それは、業務命令でしょうか」
「は?…そうや、業務命令や」
「承知しました」
とまあ、こういう使用方法なら歓迎なのだが。

白黒割り切る考え方が横行し、グレーゾーンでもがくことを忌避することが蔓延する時代。
その危うさに切り込むべく思考を繰り返してきたが…。

森田芳光が死んだ。
原田芳雄の死もショックだったが、今回も同じくらい衝撃だった。
唐突にテーマは飛ぶのだ。
俺が愛し敬愛してやまない北川景子ちゃんとペペロンチーノの両氏がブログにてこの件に触れられているのを拝見し、俺も書こうと思う。

家族ゲーム」は、ひとつの革命であった。
起っている事象をドキュメンタルに記録することではなく、映画とはショットによって構成され、その組合せによる連鎖こそが意味を生じさせることを再認識させてくれた。
しかし、数年後の「それから」で、俺は見限る。
その後の数作を見て、もうだめかと思っていたが、
「39 刑法第三十九条」と「黒い家」で復活する。
ここでは、音のモンタージュが意識されて取り上げられた。劇的な効果であった。
しかし、数年後の「模倣犯」で再度、俺は見限った。
阿修羅のごとく」を最後に、ずっと見てなかったが、心のどこかで、いつか北川景子主演で必ず撮るだろう。そのときは見ようと思い続けていた。
それも、もうかなうことはない。

バブルが崩壊して間もない、俺が30手前だったころ。
梅田で飲んだくれて終電を逃し、夜っぴいて池田のアパートまで歩いて帰ったことが何度もあった。
当時、借金まみれで人生に何の展望もなく敗残の日々を送る俺は、何を考えてそんなことをしていたのか今では覚えてもいない。
しかし、「の・ようなもの」のしんととが夜通し線路脇を歩くシーンが俺の中に残滓のようにあったのは間違いないと思うのだ。

ご冥福を祈ります。
2011年12月23日 (金)
消費され消却される煌めく片々3 ~女の時代~
古本市場へ行って本を売ってきた。
どうも、最近100円の古本漫画を買って読むせいで置き場が無くなるのが早い。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド村上春樹
無趣味のすすめ(村上龍
憚りながら(後藤忠政
こうふく みどりの(西加奈子
20世紀少年(浦沢直樹
2days 4girls(村上龍
チヨ子(宮部みゆき
こうふく あかの(西加奈子
東京奇譚集村上春樹
リヴィエラを撃て(高村薫
ファントム・ピークス(北林一光)
うつくしい人(西加奈子
地を這う虫(高村薫
九月が永遠に続けば(沼田まほかる
向日葵の咲かない夏(道尾秀介
ランドマーク(吉田修一
ソロモンの犬(道尾秀介
殺人鬼フジコの衝動(真梨幸子

本屋の店頭に並んでいる売れ筋らしい文庫本を幾つか読む。
「ファントム・ピークス」
「九月が永遠に続けば」
「向日葵の咲かない夏」
と読んでみたが、どれも釈然としないし物足りない。
道尾秀介は、念のためもう1冊読んでみたが、やはりいまいちに感じた。
ところが、「殺人鬼フジコの衝動」にはちょっと参った。

今年の日本映画の代表作を争うであろう「冷たい熱帯魚」と似た骨太な感触を感じた。
と言うか、園子温は、この作品にインスパイアされたのじゃないかとさえ思える。
真梨幸子という名を脳内に刻印した。

それにしても、つくづく女の時代がきたのだと思わされる。
男の書いたものは総じてひ弱い。
マッチョ信仰よ再び!
とも思うのだが、いかんせん勃たんのだよ、我輩も。
2011年12月9日 (金)
大阪地方選挙前夜 ~破壊衝動の鎮静~
数週間前のことだが
「いや~うちどないしょう!」
会社の事務所のとなりの部屋でババアどもがくっちゃべってる。
「丸山さんやめはってんて…どないしょう」
大阪府知事選挙のことだとわかった。
「アホか…維新の会の松井でええやないか」
俺はひとりごつ。

「維新の会の松井さんは?」
「えーうん…でも橋下さん、キツイやん…なんか怖いし…」
俺は再び聞こえないような声でひとりごつ。
「アホンダラ…」

「反独裁」しか訴えるものがない連中に何ができるのだろう。
ほっといても滅び行く世界や国家や都市の移ろいのなか、現状維持で緩やかに死に行くことを俺は望まない。
全てを破壊しリストラクトしてほしい。

昨晩、会社の同僚と曽根崎で飲んだ。
初天神前の「鳥貴賊」で安くあげようとしたが、ウェイティングがかかっていたので、仕方なく同じビルの「村上食堂」という店へ行った。
これは村上ショージがプロデュースしてる店。
ビールを頼んで、メニューを見た。
「なんなん?こつの唐揚げ」
「たこたこ揚げた」
「赤信号渡りがに」
「若鶏のでかッ!!ら揚げ」
「プリプリやめて揚げてえびマヨ?」

来たことを後悔した。
オーダーを取りに来た女の子に
手羽先・指先・尼崎…ってなんなん?」
「えっ…」
「ちゃうと思うけど…もしかして、単なる手羽先?」
「いや…はい」
苦笑いで答える女の子に
「にんにくの爆弾揚げ」
とオーダーした。
出てきた代物は、にんにくを1個丸ごと油で揚げただけのものであった。

おかげで、俺は今日、朝からめっちゃ臭い…らしい。
破壊したい!という願望が心の中で渦巻いている。
今日は久々に映画を見に行こうと思う。
新世界でやってる「不良番長 やらずぶったくり」と「弥太郎笠」の2本立てを見よう。
極北のアホ映画で心を鎮めよう。
2011年11月26日 (土)
風雪流れ旅 そして、滅び行くもの
最近のマクドのCMで
「お姉ちゃん、うれしいと鼻ふくらむよね」
「ふくらんでないよ~」
という台詞を聞いて、ある台詞を思い出した。

「姉さん、嘘つくと鼻がふくらむからわかるのよ」
というものなのだが…。

実は、これは、俺が30数年前に撮った8ミリ映画の中の台詞で、何故覚えていたかというと、多分、そのシラジラしさに対する一種の違和感が俺の中に残留していたからだ。
この台詞は、恥ずかしがりやの俺のセンスの中からは決して出てこないもんで、共同脚本の先輩が書いたもんであった。

30数年の時間を経て改めて思う。
自分の尺度のなかでしか斟酌されないものは月日に耐えられず、他者の介入による違和感こそが強度を付与するのだと。
心地よいものばかりに囲まれた俺達はやがて歴史の中で淘汰されゆくのが定めなのかもしれない。

以下ついでに粗筋を…(役名は忘れたので適当)
★0 ときめきウィークエンド(1983/日本)
OLのカオリは、冴えない営業マンの彼氏マモルが入手した胡散臭い古地図に記されたという「宝」捜しに気が乗らないままつきあうことになったが、キャンプ道具を妹ヨウコに借りようとして勘ぐられて地図の件をゲロしてしまう。妹はサイコキネスで、その脳波攻撃には逆らえなかったのだ。ヨウコは今彼のシンジを宝探しに誘い、シンジはポン友でヨウコの元彼のタロウを誘う。実は目的地である●●湖畔は、かつてシンジとタロウが殺したナカムラを埋めた場所だったのだ。かくして各々の思惑を胸に秘めた5人は1台の車で目的地へ向かうのだが…。
2011年10月15日 (土)
曇天下の永遠
幼稚園3年間と小学校6年間の合計9年間が2人で2歳差であるから11年間。
苦役に等しい子供の運動会観戦であったが、先週、下の子の6年生の運動会が終わり、俺は解放された。
何が嫌であったのか列挙しよう。

1.俺の子供のころの運動会というのは、父兄にとってもレクリエーションであったはずである。従って、行楽弁当と酒は当たり前であって、一杯ひっかけた親父どもが、ほろ酔い気分で「行け~!」とか「まくれ~!」とか「差せ~!」とか「そのまま~!」とか我が子の走る姿に声援を送ったもんだ。ところが、今日日は禁酒禁煙が当たり前で、俺にとっては間が持たないこと甚だしく、小学校の最初の運動会のときは、それでも水筒に密かに焼酎を入れていったのだが、飲みすぎて、炎天下のレジャーシートの上で爆睡してしまい、ものすごい顰蹙であったらしく、以後一切そういうことも許されず、仕方なく競技の合間に校外のコンビニに行き、ビールを買っては近くの公園で飲んでまた校内に戻るということを繰り返していたが、何でこんなことしてるねん、俺…と虚しく切なく情けなく、校内に戻っても退屈で、1人ぽつねんとレジャーシートの上で面白くもない競技を見続ける。

以下
2.ビデオカメラの陥穽。
3.競争原理の消失。
4.安易なJ-POP伴奏で安売りされる組体操の感動。

と書きたいこともあったが、割愛しよう。
ただ、今回、昼休憩のとき、1人でいた俺の席に小学生の息子がやってきて、どっかでお母さん連中と話していた女房が戻ってきて、友達とどっかに行っていた中学生の長男も戻ってきて…4人が揃って、弁当箱をひろげておにぎりをパクついたとき。
こうやって4人で地面に座って弁当を食うのも多分最後だろう…と思った。
俺は、しみじみと、その瞬間を脳裏に刻もうと思った。
子供達や女房は何も考えてないだろう。
だからこそ、曇天の小学校の校庭の午後は永遠なのだ。

日本崩壊まで、あと389日…。
2011年10月9日 (日)
歳の差婚
加藤茶(68)-新妻(23) =歳の差(45)
境正章(65)-新妻(43) =歳の差(22)
小林薫(60)-新妻(38) =歳の差(22)
寺田農(68)-新妻(33) =歳の差(35)

平均           歳の差(31)

俺  (50)ー北川景子(25)=歳の差(25)

ふっふっふ…
2011年9月6日 (火)
過渡期の暗黒史観
米国債が格下げされて株や為替が乱高下しているが、こんなもんは序章に過ぎないだろう。
遥かローマ帝国の時代から直近では大英帝国アメリカ帝国へと委譲された覇権主義の流れが、歴史の必然として幕を閉じようとしている。

ほっといても破綻するであろう日本の財政の来るべき日を、60兆の米国債保有残高がトリガーとなって早めるかもしれない。
スパイラルな負の連鎖は1200兆の政府債務を一瞬にして倍増させ、1400兆と言われる個人金融資産は凍結され、償却されて消失する。
そのとき、穏健的なIMFなどの統制は期待できない。米国はもう頼りになる庇護国ではないからだ。
変わりに、すべてを失った日本に乗り込んでくるのは中国やロシアかもしれない。

数百年に及ぶ貨幣経済は緩やかな信用創造を背景に世界を拡大させてきたが、過度の信用創造は行き過ぎて破綻する。
米国の凋落は単なる前兆にすぎない。

そういった歴史的な過渡期に日本の政治家がやってることは余りにバカバカしい。
2011年8月13日 (土)
ノスタルジック・メランコリー
西加奈子の「こうふく あかの」を読んで、こいつは、ここ1年くらいに読んだ本ではダントツだと思い、出勤途中の地下鉄車内で読了した興奮も冷め遣らぬままに「この主人公って丸っきりオレ」とあっちこっちで言いふらし、何がオレなのかと聞かれたら困るのだが、「セックスレス夫」「寝取られ亭主」「俺ってイケてる上司との自意識過剰」「出来ない同僚を内心で侮蔑」…とどれを取っても恥さらしでしかなく、興奮が冷めてくるにつれ自己嫌悪もいや増すのだ。

で、本当は主人公が俺に似てるとかどうとかではなく、又映画「しんぼる」を想起させる2元構成のトリッキーさの冴え方だとかでもなく、この本で最大に俺を魅了したのは、町外れの住宅街の人目につかない奥路地にあるというバーの描写。
郷愁にも似たノスタルジー

奈良の新大宮にあった、いつも客がいないだだっ広いラウンジ。
何人かいた女の子たちは皆小柄でキュートで寡黙だった。
青いベルベット地の壁紙と間接照明の静謐。

大阪の豊中、曽根駅前の立飲み屋。
キムチをアテに焼酎を何杯か飲む。
カウンターは大概埋まっていて男たちは概ね寡黙だった。
締めに俺は大メシと明太子を頼む。

あの頃、楽しいと思って飲んでたわけでもなかろうが、今となってみれば堪らなく懐かしい。
2011年8月6日 (土)
行き着いた果てに
三池監督の次回作は「ONE PIECE」(YAPOO!ニュース)

先日「愛と誠」の製作が発表された三池崇史監督の次回作に、人気コミックス「ONE PIECE」が決定したと報じられた。
ヤッターマン」「クローズ・ゼロ」「忍たま乱太郎」とアニメの映画化作が続く三池監督だが、「総決算」とも言うべき作品にとの意気込みを語っている。ただ、同時に発表されたキャスティング各界に衝撃と波紋を広げている。
以下がそのキャスティングだ。

モンキー・D・ルフィ   …江頭2:50
ロロノア・ゾロ      …松方弘樹
ナミ           …はるな愛 
ウソップ         …そのまんま東
サンジ          …道場六三郎
トニートニー・チョッパー …猫ひろし
ニコ・ロビン       …和田アキ子
フランキー        …アントニオ猪木
ブルック         …ジョニー・デップ

ジョニー・デップが快諾したと言われているのは事実らしいが、それ以外のキャストの余りの高年齢ぶりに、いかなCG使いの巧みな監督とは言え疑問を投げる向きも多い。

この発表を受け「ONE PIECE」公式ファンクラブ「グランドライン」東京支部と神奈川支部は即日映画化粉砕の為、共闘戦線を立ち上げたことを発表した。
2011年7月6日 (水)
親爺のパラダイス
「行かはったんですか?」
「いや…なかなかなあ…勇気いるやろ、やっぱ」
「…」
「多分さあ、女子中生とか女子高生とかOLとかでいっぱいやと思うし、男なんて彼女にイヤイヤ連れて来られたのがちょっとおるかおらんかやろし、50の親爺が1人でってのは…絶対浮く思うし」
「平日の最終回とかやったら空いてるんちゃいます?」
「うん…1ヶ月くらいたったら空いてくる思うし…」

とかなんとか会社で事務員相手に言ってた金曜日の翌日土曜。
俺は、抗い難い衝動に突き動かされ、大阪はミナミ、なんばパークスシネマにいた。
連チャンで見る予定の「マイ・バック・ページ」と「さや侍」のチケットを購入し、更に振り絞る魂の叫びを告げたのだ。
パラダイス・キス」10時回の大人1枚…と。
一瞬、空気が止まった気がしたが、気のせいだったのだろう。
世界は何事もなかったかのように流れていく。
第2の関門、開場の列もカップルばっかりの中、寧ろ堂々と俺は1人悠然と入場した。世界を手に入れた気がした。
席に着くと両脇が若いカップルであった。
男の習性として、自分の彼女を男の横には座らせたくない心理がある。
必然として、俺は両脇を男に挟まれてしまった。
苦痛であった。
しかし、映画が始まると俺は文字通りパラダイスへと誘われた。
めくるめく景子ちゃんの可愛らしい表情や仕草に陶然とした。
不覚にも下半身まで反応し、2時間ずっとテントを張ってしまった。
そして、このスクリーンの中のミューズへの思いがもたらす回春効果に感謝した。

見終わったあとも、脳内が麻痺したように朦朧としていた。
おかげで、「マイ・バック・ページ」と「さや侍」は集中できなかった。
むしろ観ない方がよかったかも知れない。

あれから2週間。
脳内の景子ちゃん占有率は直後の99%から10%以下に低下した。
映画を観た感想などHPのファンメールに託し送ったりもしたが、彼女は読んでくれただろうか。

おじさんの日常は、再び灰色につつまれております。
あの原色のカラフルな世界で最高に輝いていた君。
届くわけない手を伸ばし夢幻の世界へ浮遊する。
これぞ泡沫の親爺の「パラダイス」。
2011年6月25日 (土)
50歳の宴 或いは老いについて
「こらー!あほんだらボケ~」
その鶴瓶に似た男は大声で叫びつつ俺のいるテーブルに近づいてきた。
1ヶ月ほど前の日曜の昼過ぎ。
梅田は芝田町の寿司レストランの2階席。

10年近く会ってなかった先輩から電話があった。
「いや、久しぶりに『太陽を盗んだ男』見てたらお前と話したくなってん」
と言われたが、あまりピンと来なかった。
むしろ何やら胡散臭い感じがしたが、まあ、懐かしくもあり日曜の昼間に会うことになったのだ。
11時に紀伊国屋前で待ち合わせ、開いてもいない寿司屋の前でじーっと待っていたら、気の毒に思ったのか入れてくれた。
ビールで始まり、お互い焼酎と日本酒に切り替え終盤は泡盛と延々と飲み続け3時ころまで飲んだであろうか。

50過ぎた親父が2人。
日曜の真昼間に茶屋町界隈の路上でグデングデンになってふらつく様は、正直かっちょ悪い…と今なら思うが、酔ってる最中には思いもしない。
「おい、あいつ呼ぼうぜ」
あいつとは、これも又最近10年ぶりに頼みごとがあって会った俺のドッペルゲンガーを見た先輩なのだが、
「いきなり電話して来るほどヒマでもないだろう」
と思いつつ電話をすると2つ返事でやってきた。

3人で、かっぱ横丁の飲み屋に入り、又延々と飲み出した。
何を話していたのかは最早定かではない。
鶴瓶に似た先輩は3本の「キングコング」(3本とはM・C・クーパー版とJ・ギラーミン版とP・ジャクソン版)の中で一番の傑作はギラーミン版との説を延々と開陳していた気がする。
ドッペルゲンガーを見た先輩は山下敦弘は俺が育てたと豪語し続けるのだが、その割りに「マイ・バックページ」で妻夫木の後ろで俺写ってんねんと小さな喜びをめっちゃ嬉しげに語り続けていた気がする。

その日、夕方6時に散会した俺たちであったが、俺が家に帰り着いたのは11時を回っていた。
延々と電車の中で眠りとんでもないところまで行ってしまったのだ。

4月に50歳になってしまった。
やはり色んなところで衰えを感じる。
で、冒頭の話だが、俺がトイレに行った直後に先輩が行って、俺の流し忘れた大きいのをモロまともに見てしまったのだ。
そんなもんを流し忘れることなんか、俺の人生で初の経験であった。
これが衰えというもんなのだろう。
2011年6月11日 (土)
日本の縮図
「お飲み物は」
「とりあえずビール、生で、大ある?うんじゃあ大」
「はい、生大1丁!」
「あと、ユッケね、大盛り…って言うか特盛り」
「あの…お客様、申し訳ございませんが」
「は?」
「時節柄…ユッケは…」
「なんだよ、ここ何屋だ?おう!」
「はあ」
「とっととユッケ持ってきやがれ!特盛り10人前」
「いや…」
「あとな、生レバ5人前と生センマイ3人前」
「ちょっと…」
「それとな馬刺し3人前と生卵10個な」
「馬刺しは…」
「なんだよ、無いって?なめてんのか」
「申し訳ございません」
「お前ら揃いも揃ってよお、恥知りやがれ!」

「ちょっと待ちな」
「あ…店長」
「お客さんのおっしゃるとおりだ、俺は恥ずかしいぜ」
「おう?」
「わかりやした。お出ししましょう」
「…」
「一世一代のユッケ」
「…」
「世間が何と言おうと、俺は肉に命張ってきた男でさあ」
「おう!…あ、ありがとな」
「…」
「これで、俺も心おきなく福島の原発行けるよ」
「お客さん!」
「店長!」
号泣する男たち。
静まりかえった店内の一角からおこった拍手の音は、やがて店内に広まる。
その片隅で俺はひとりごつ。
日本も捨てたもんじゃない。
2011年5月12日 (木)
消費され消却される煌めく片々2
溜まった本を古本屋で売ってきた。
子供の学校の家庭訪問が今週あって、鬱陶しい本が山積みされてては恥だそうだ。
最近、歳で記憶力が明らかに減退してるので忘備録代わりに売った本を記す。

さくら(西加奈子
黒澤明vs.ハリウッド(田草川弘
すぐそこにある希望 すべての男は消耗品である。Vol.9(村上龍
マークスの山高村薫
あおい(西加奈子
正しい大阪人の作り方(わかぎゑふ
東京湾景吉田修一
メタボラ(桐野夏生
ひなた(吉田修一
お腹召しませ(浅田次郎
乳と卵(川上未映子
メイプル・ストリートの家(スティーヴン・キング
ねじまき鳥クロニクル村上春樹
東京島桐野夏生
李歐(高村薫
窓の魚(西加奈子
アフターダーク村上春樹
田村はまだか(朝倉かすみ
サダム・フセインは偉かった(高山正之
照柿(高村薫
パーク・ライフ吉田修一
MONSTER(浦沢直樹

この中で真に圧倒的だったのは「照柿」と「メタボラ」
桐野夏生が行ってこいの作家なのは知っていたが、高村薫の越境ぶりも凄いもんがある。
ドストエフスキーに擬えた解説があったが、寧ろパンクだと思った。
あと、「ディア・ハンター」のマイケル・チミノの演出も浮かんだ。
2011年5月2日 (月)
スーちゃんとキャンディーズのこと
スーちゃんが亡くなった。
乳癌であったらしい。
彼女の闘病をマスコミも一切知らなかったと言う。

1970年代。俺が中学生だった頃。
おそらく、日本全国津々浦々のありとあらゆる思春期のニキビボーイが集えば、必ず取り交わされたであろう社交辞令ににも似た台詞。
「お前ってキャンディーズの3人で誰がタイプ?」
俺はだいたいこう答えていたように思う。
「スーやな。ランも悪くはないけど」
そうは言っても、それほどキャンディーズが好きだったわけでもない。
「年下の男の子」や「春一番」といった明朗な女の子キャラの歌には殆ど関心がなく、当時の俺のミューズは秋吉久美子とか桃井かおりとかのやさぐれ系なのであった。
しかし、中3の頃、申し訳程度に高校受験の勉強をするようになり、深夜ラジオで聞いた「やさしい悪魔」や「書中お見舞い申し上げます」あたりから印象が変わる。
特に「やさしい悪魔」のサビの「うーふーふ~やさしい悪魔」の部分は今でも聞くと前立腺がムズ痒く刺激されてしまう。

大学生の頃、スーちゃんとランちゃんが映画でデビューした。
「土佐の一本釣り」(スー)と「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌」(ラン)は2本立てで公開され、当然俺は映画館にかけつけた。
正直、ランちゃんは光っていたが、スーちゃんはあんまり光ってなかった。
スーちゃんは、映画女優というよりタレント向きなキャラに思えた。
だが、今あらためて彼女のフィルモグラフィを見て思うのだ。
それほど切れるエッジ感もない女優だったスーちゃんを、なぜに今村昌平吉田喜重という元松竹の2巨頭が抜擢したのかと。
「黒い雨」と「鏡の女たち」の彼女は、このうえもない哀しみと静謐さを湛えてスクリーンの中の透き通る光に同化していた。
演技力とかいう以前の人間性のように思えた。

ご冥福をお祈りします。
2011年4月23日 (土)
被災地から遠く離れて
3月11日の昼3時前。
事務所の椅子でゆらりと世界がねじれる感覚を意識したが2日酔いで天井が回る感覚に近かった。
地震?」
事務員が俺を見て、気持ち悪げに胸をさすった。
「知らんがな…」
三陸沖で発生したマグニチュード9.0の衝撃波が1000kmの距離を走って大阪に到達した瞬間であった。
しかし、何事もなく仕事を続ける。
家に帰るとTVを見て津波で船が陸に打ち上げられる映像を見て俺は言った。
「劇ヤバちゃうん」
女房が言う。
「知らんがな…」

翌日の土曜、地震などそっちのけで、「仕事や」と言って家を出て、飛田と新世界で朝の9時過ぎから夜の7時前まで、ぶっ通しで映画を5本ハシゴした。
新世界国際では又も、おっさんに太ももをおさわりされ、後ろの席でチチ繰りあう親爺とオカマのあえぎ声にも悩まされ、映画に集中しようとしても、ジャッキー・チェンの「ラスト・ソルジャー」は余りにかったるかった。
疲れ果てて家に戻ると子供が熱を出していた。
地震どうなってん」
テレビの映像は正直、前日より数倍衝撃的であった。
「マジやばいやん」
「どうすんの」
「何が」
「子供…インフルエンザちゃう?」
「知らんがな…」

翌日の日曜の朝5時前に起こされる。
熱が40度を超えたとのことで、夜間診療所へ連れてけと言う。
「もう間に合わんやろ」
「5時半までやってる」
「30分ないやん…無理やて」
「大丈夫。行ったら何とかする」
俺は全く気乗りしなかったが、一応車を出して女房と子供を乗せて家を出た。
赤信号に何度かつかまり、瞬く間に時間は過ぎる。
何とか国道2号線に出たときには残り10分少々だった。
万事休す…と思ったが、いざ2号線を走り出すと前方に車が居ない。
淀川大橋の直線で自然と加速し100キロを超えた瞬間、俺のどこかのギアが入った。
一般道を120キロでぶっ飛ばし5つの信号をオール黄色でクリアしギリチョンで病院に入った。
子供はB型と判定され、リレンザを処方された。
報道される震災禍は深刻を極める。
「ひとりになっちゃった」と嗚咽する主婦や「お母さんだけでも帰ってきて」と淡々と語る子供や「妻と子供の手をつないで逃げたけど放してしまった」と放心する男性や多くの人々の哀しみが胸をかきむしる。
しかし、一方で余りの映像コンテンツの豊富さに一抹の疑念を覚えた。
これは、後に泉谷しげるが「映像コンテスト」と揶揄したことと大方同義である。

週央には、もう1人の子供と女房が発熱したが、「仕事休めるわけないやろ」と言って家を出て、仕事は休み映画に行った。
コーエン兄弟ラース・フォン・トリアーの映画をハシゴしたあと、「ブンミおじさんの森」を見に行く途中、子供から電話があった。
「帰られへん?」
「何で」
「お母さんやばいねん」
「…」
「セキ止まらへんねん」
「…」
電話をしてきた子供も熱出して寝てることを考えると、やましさを覚えたが
「仕事やねんから」
と電話を切る。
映画館の前まで行って暫し黙考。
結局、電話して「帰る」と言った。
そして、帰ったのだが、寝てる女房と子供の横で、結局は酒飲んで寝ただけだった。

異様なまでの自粛ムードの蔓延する中、週末の会議で、ある人が演壇で挨拶をした。
「なんや、こう…ずっと、しんどおましたな。皆さんもそうでっしゃろ。でもね、実は昨日、2泊で韓国行って帰って来ましたんやけど、少しふっきれた気がしますねん。被災地の人のこと心配するのも大事ですけど、僕は、やっぱりね、自分の仕事を死ぬ気で精いっぱいすることが大事やと思います。それで、せいぜいぎょうさん税金払うこってすわ。ちゃいますやろか皆さん」
その。おっさんはコテコテの船場言葉でそう言ったが、俺は少々感動してしまった。

あれから1か月近くが経ったが、事態は全然良くならない。
福島の原発事故に関して最悪のシナリオが世間を跋扈する。
北海道から愛知までが壊滅するかも知れないそうだ。
そんな事態が回避されても復興予算は数十兆だそうだが、まったく捻り出すことは不可能。
本当に日本は、もう終わりかもしれん。
でも、だからってどうするっての。
どうしようもござんせん。
明日は久々に映画館に身を埋めて過ごそう。
2011年4月8日 (金)
ドッペルゲンガー
ここ数日、風邪ひいたみたいで、若干もうろうとしており、そんなときに現し身が異界へと誘われるのだろうか。さまざまな想念が俺をとらえるのだ。

先日、ちょっと頼みごとがあって10数年会っていなかった学生時代の映研の先輩に会った。喫茶店でしばらく映画の話なぞをしたあと
「俺なあ、以前、お前見かけてん」
「どこでっすか」
「阪急梅田駅の下の紀伊国屋の北側に長距離バスの乗り場があるやろ」
「ええ」
「ちょうどな、山下の『リアリズムの宿』の撮影で鳥取行くのにバス乗ったらさ、お前が嫁さんと子供つれてバス待っとるの見てん」
「はあ?」
「あれ、お前やろ」
「ちゃいますよ…って言うか、先輩、俺の嫁はんや子供と会ったことないですやん」
「うん…でも、あれ、絶対お前やった」
「人違いですって、長距離バスなんか乗ったこと1回もないですし…って言うか、そんなことより先輩、あの映画の現場ずっと行ってはったんですか…」
と話は映画のロケ話に転じ、しかも、俺は頼みごとを切り出すタイミングばかり考えていたりで、そんな話は忘れていたが…。

ここ、数日、俺の頭に先輩が見たという「俺」の姿が去来する。
女房とまだ幼い子を連れて長距離バスの乗り場に立ち尽くす俺。
何か死出の旅にでも赴きそうな哀しさにまみれ
貧しさに負けたという昭和枯れすすき的くすぶり感をまとい
それでも、家族3人一緒なら…という逆説的に孤絶感いや増す設定。
もしも、そいつらを見たのが俺自身だったら…。
誘われ一緒に黄泉の国へ向かうのであろうか。
決して会いたくない連中だ。
でも、いつの日か、俺の形跡が消えたと思ったら思って下さい。
「とうとう会いやがったな、あいつ…ドッペルゲンガーに」
ふっふっふ…。
2011年2月25日 (金)
不気味な革命
何十年も続いた体制は年月を経るに腐っていくのが世の常なのだから、どっかで崩壊してしかるべきだとは思う。
多くの人がベルリンの壁レーニン像が破壊されなぎ倒される映像に対して感じた思いは「やっと…」
だったのではなかろうか。
ゆっくりと内部腐食し自壊していく時間の積み重ねのもたらす詠嘆とでも言うか。
自民党の終焉もそうだ。
熟しきった「頃合」に対する納得感があった。

一方で、中東の連鎖する反体制デモの成功は、どっか胡散臭い。
明確な代替案が存在しないのに、現体制をぶっ壊してしまった感がある。
そこに介在するのは、相変わらずのネットらしい。
これほど、鮮やかに革命が成立してしまう違和感。
生煮えの雑巾の腐臭と言おうか。
熟しきらない無花果の生臭さと言うべきか…。
名古屋の同時選挙のワンイシューの勝利も同じ臭いがする。

最近、100円に値下がった浦沢直樹の「モンスター」と「20世紀少年」を古本屋で買ってトイレの中で交互に少しずつ読んでいるのだが、「モンスター」で描かれる魔少年ヨハンの巧みな人心操作や扇動術が、どう巧みなのか描かれないのが弱いと思いつつも、俺は肛門括約筋を緊張させつつ思いを馳せるのだ。
遠くエジプトにチェニジアにリビアにイランに
そこにヨハンが居ることを…。
そして、数ヶ月前に読んだ伊藤計劃虐殺器官」の大量殺戮に介在したものも。
2011年2月19日 (土)
2・13 自分史
      無意識
       ↓
     興奮と期待
       ↓
     羨望と期待
       ↓
     羨望と諦観
       ↓
     諦観と失意
       ↓
     失意と怨嗟
       ↓
     失意と自虐
       ↓
     失意と諦観
       ↓
      無関心

毎年、2月13日の晩の俺の内面史。
上記はその50年にわたる変遷の記録である。

正直、女の子同士で送り合ったり、手前で食べるもん買うんなら
やめちまえばいいのに。
2011年2月13日 (日)
開花 ~めくるめく想念3~
今更アジアカップの話をしたってしかたないのだが、90年代のJリーグ発足以降、ほとんど熱心な観客でなかった俺の目にも今回の日本代表が史上最高のチームなのはわかるのであって、今まで試合を見ててダメだと思った①パスを受けてから状況を見渡し結局バックパスするプレーの連続②明らかに軽い接触なのに大げさに転んで審判のホイッスルに期待する姑息プレー③100に1つも成功しそうにないロングシュートの芸の無さとかが消え失せていたわけで、これはオシムが根付かせようとしたワンタッチパスの高度な思想が徐々に浸透し、人使いの巧いザッケローニが開花させたもんだと思えるあたりに日本の、そして俺自身の今後の身の処し方の展望を重ねて熱く身もだえしそうな感慨を覚えた。

なら俺はどうするか?
ふっふっふ…。
わからん。
ただ、ひとこと言おう。
とりあえず熱い血潮のたぎる声でこれだけは叫ぼう。

「俺にバイアグラを持ってきやがれ!」
2011年2月4日 (金)
タブー
かっこいいことを口先三寸で言うしか能がない人々が代表だという。
都心部日和見な聴衆を前に街宣車上からマイクロフォンの拡張音波に乗せて唾液まじりの空論をぶつ。
そんな声はど田舎の爺婆には永遠に届かない。
誰が民主圧勝を演出したのか。
裏切りの茶番劇ではシャレ倒す価値もない。

衰亡の淵に立つ日本は、おためごかしの空論では救えない。
俺が言ってやろう。
真に、この国を救う方途を。

少子高齢化の流れを断ち切るには。
70歳以上の老人を全員ガス室送りにすれば簡単なのだが、無理だろう。
俺は提唱する。
介護保険制度を撤廃し、その保険料は少子化対策に回せ。
介護が受けられないと死んじゃう年寄りはお引き取り下さいだ。
子は介護をせずに親を見殺した事実を死ぬまで背負って生きろ。
10万円の価値がある福祉サービスを1万円負担で受けられてしまう現制度は何を生み出してるかよく見るべきだ。
ヘルパーを家政婦がわりに酷使するカス老人がどんだけ多いかを世間はもっと知るべきだろう。

②末期的な財政状況を改善させるには。
ゴミ公務員を駆逐し歳出を減らすのはけっこうだが、所詮限界がある。
むしろ、歳入不足を消費税で補おうとする発想がカスなのだ。
景気が停滞してるのにフローに課税してどうなる?
ストックへの課税を徹底せよ。
それで新たな資金の潮流を生み出せ。
具体的には、現預金での相続財産は原則課税率100%にせよ。
アホみたいに定期預金にしこたま金を寝かせてる年寄りの金を吐き出させろ。
そして株式か不動産での相続は課税0%にするのだ。
劇的に景気は回復するだろう。

冷たい熱帯魚」を撮った園子温は言っている。
「自分がこうだと思ったことの90%は社会の中で思わされている」
なんという明快な認識だろうか。
「年寄りは大事にしないといけない」と思わされている認識がすべてを滅ぼすのだ。

俺は、頑張って一生懸命生きてるお爺ちゃんやお婆ちゃんだけが気高く美しいと思うのだ。
2011年1月21日 (金)
めくるめく想念2
もう何十年もテレビドラマなぞ見たことのない俺なのだが、今回だけは何がなんでも満を持してと臨んだ金曜日なのであったが、で何かというと景子ちゃん主演の「LADY」なのでございまして、いそいそと帰り支度を始めたそばから、「どないでっか~今日」と無粋な電話がかかり、仕方なく「ほんならちょっとだけ」と応じたものの、どないしょうか、録画でも頼もうか…と一瞬家に電話をしかけたもののドラマなど見たことのない俺が録画を頼むという非日常な行為を勘ぐられ景子ちゃんファンであることが露見するのが恐ろしく、でも飲み始めたらまず9時には帰れるはずもなく、エイヤーっとばかりに電話をし、子供が取ることを願いつつコールされる音の何回目かに出たのは女房で、「ちょっと飲んで帰るから…」と反応をうかがい「でな、…」と言ったそばから叩きつけられるように切られてしまったが、差しで飲み始めて中ジョッキをお互い2杯空け、焼酎の750㍉ℓボトルを頼んでガンガン飲み始めたら正直、景子ちゃんはどうでもよくなってきて、会社の野郎Aやクソ婆Bやガキ小僧CやちょっとイケてるDちゃんとかを酒の肴にああでもないこうでもないと話の尽きることもなく、Eの話になり「あいつに俺会社の金から4万貸しててな」と言ったそばから「俺も貸してる」「なんぼ?」「10」「マジ?」とかやってるうち何だか気が重くなってきて、でも俺だけじゃなかったんやと少しホッとしたりで、居酒屋を出て別れてラーメンを食って帰ったら10時半で、「ニュース見るで」とさりげなくリモコンを回し「何やこれ、おもろそうなんやってるで」と我ながら業とらしいのだが、画面では椅子に縛り付けられた景子ちゃんが犯人に撃たれようとしていて、必死で説得しているその唇のプリプリ感がよろしいなあ…と思い、木村多江のこれまでと真逆なキャラも新鮮かも…とか思い、女房が寝たあと、こっそり景子ちゃんのブログを見て、「ほんまに性格ええ子やなあ」とあらためて決意を心に誓ったのだが、何の決意かさっぱりわからないのであった。
2011年1月8日 (土)