映画1993
★★★★★ 2019年1月19日(土) 大阪ステーションシティシネマ5 趣味な映画なのだが、公開当時なんで見なかったかと考えるに、 アンソニー・ホプキンスに辟易してたからだと思うのだ。 これは、1991年の「羊たちの沈黙」の2年後の作品である。 徹頭徹尾、…
★★★★ 2014年10月19日(日) トビタシネマ ダラスに於けるトラウマが一応捨て身の横っ跳びで回収されるが、その部分は全然本気じゃない。ピアノ弾きつつ女口説き、結構しつこく追い回す親爺をイーストウッドが水を得たように快演。ジャッカルばりに八面六臂の…
★★★★★ 2016年11月19日(土)シネヌーヴォ シニカル爺さんがその攻撃の爪をたたんだふりをして、文学的芳香をあらん限りの力量を投じて注ぎ込んだ作品として、ブニュエルの「哀しみのトリスターナ」と好対を為すであろう。 もちろん、たたんだ爪は随所で主人…
★★★★ 2023年7月13日(木) シネヌーヴォ 見てから半月以上経ってしまってどんな内容かももはや記憶に覚束ない。最近、この作品について書いてた人がいて、それ読んであーそんな話やったんかと今更思ったり。 とにかくこの映画、ゴダール史上ツカミのカッコよ…
★★★ 1996年6月15日(土) 山口県教育会館ホール 患者の少女だけではなく治療する医師のトラウマをも描いた点がミソだが、2人の孤独が共振し、故に医師が特定患者に片寄せするその部分を映画は踏み込んでは描かない。淡々とし作為的ドラマトゥルギー皆無だが、…
★★★ 1996年6月22日(土) 徳山市民館小ホール とりたてて美人でもハンサムでもない女と男たちが、何の計算もない転がり放題のストーリーを駆け抜けて行く。それも又人生とは言え乗り損なうと全く乗れない。心を病むということが過剰に喧伝される今、この軽やか…
★★ 1995年1月21日(土) 三越劇場 何がどう間違ったのかわからないが全く面白くない。癖のある役者達が繰り広げる奇矯な人物群が、どれもこれも緩くてパターン化している。尚かつ演出もパワーダウンし、前2作にあった目を見はる鮮烈なイメージも枯渇。(cinema…
★★★ 1995年5月6日(土) ACTシネマテーク 逃避願望はあるだろうに在るがままを自然体で受け入れるが如き主人公のキャラが良く清流の如き映画と思ったし、ディカプリオは正味天才だとも思った。ただ、寄りの画がニクヴィストとは思えない甘さで画龍点晴を欠…
★★★★ 2022年9月29日(木) シネリーブル梅田2 私事ですが、映画の感想のブログのタイトルが何で「男の痰壺」やねんってのは、もともとは日々のなかのムカついたこと、イラついたこと、泣き言、恥ずかしい希望・欲望とかの捌け口にgoo日記ってのを使って…
★★★★ 1994年1月9日(日) 新世界国際劇場 シュワとマクティアナンが各々のフィルモグラフィの頂点を経過した後の落日の夕方の校舎の裏庭の無花果の腐りかけの甘酸っぱな芳香のような映画。趣味的お遊びは行くとこまで行き無駄だらけの展開なのに大予算ってのが…
★★★★ 1994年1月16日(日) 新世界国際劇場 『パルプ・フィクション』に拾われてインディーズ御用達にならなければブルース・ウィリスは消えていただろう。その直前の行き詰まった黄昏の哀感が自己回復の物語と同期する。しかも、一方でアクションの切れ、特に…
★★★★ 1994年1月3日(月) ホクテンザ2 何か新味を加えようとか奇手を用いてハッタリをかまそうとかの作家的自己主張が全くない。しかし、真面目に真摯に取り組まれたものは見ていて気持ちいい。その正義が信じられた時代の往年の正統アメリカ娯楽映画的風味に…
★★ 1994年1月16日(日) 新世界国際劇場 未亡人と少年と流れ者という三題噺を基にリライトを重ねて何の取り柄もない凡作になったというのがミエミエであり、演出もアクションの見せ方が惰性的に弛緩しているので苦痛。ヴァン・ダムもアークェットも濡れた情緒…
★★★★★ 1994年1月20日(木) シネマアルゴ梅田 名美(余)を取り巻く物語に介在せざるを得ない村木(竹中)のスタンスが濃厚な背景描写も相俟り完璧な説得力だ。間断しない緊張感と正真正銘のハードさ。雨・闇・光彩・影など佐々木原の仕掛けも豊富で且つ濡れて…
★★★★★ 1994年2月17日(木) 三番街シネマ2 ジョン・ウーもヴァン・ダムもお互いにアホであることを隠し立てせず完膚無きまでにそのアホを全開しスクリーンに刻印してる。「極み」と言っていいだろう。有象無象のペキンパーの申し子中、少なくとも技巧面では真…
★★★ 1994年3月6日(日) 新世界国際劇場 アベレージヒッターマルケイの90年代前半の水準作の中でも緩い方の作品。ストーリーも肝心の金庫破り描写も特筆点無しの中キム・ベイシンガーの魅力だけが興味を牽引する。ただ、そういう映画も悪いもんじゃない。(ci…
★★★ 1994年3月3日(木) 北野劇場 冒頭の見せ場は心胆寒からせしめるものだったし、それを受けた序盤はスタローンお得意の全身哀しみオーラ発散でトラウマが十全に表出されてたのに、いつのまにやら何でも詰め込んでのてんこ盛り映画に堕ちてしまった。ハーリ…
★★★★ 1994年3月6日(日) 新世界国際劇場 大向こうを唸らせるようなものは無いオールドハリウッドな風刺喜劇だが、完全ブレイク寸前の実力ある2人の役者の四つに組んだ芝居を堪能できる。こういうものが、地方限定公開というニッチな公開のされ方で埋もれる貧…
★★★ 1994年3月12日(土) 天王寺ステーションシネマ 虐げられた少年の旅立ち物語なのに役者デ・ニーロ&バーキンが立ち過ぎてディカプリオのストーリーを後方に追いやってしまった。演出も2人に流されて振り回されてヴィヴィッドな思春期の苛立ちや懊悩に寄り…
★★★★★ 1994年3月19日(土) 扇町ミュージアムスクエア 悪魔に魅入られたかのような道行の、逸脱の鶴瓶打ち展開の予測のつかなさに於いて際立っている。少女が主役だが描写は荒削りで骨太い。ブラックでシュールなサブキャラが立ちまくって、クライマックスは、…
★★★ 1994年3月21日(月) 新世界国際劇場 これはと思う冴えた描写も結構あるのだが暗い。暗いのはいいとしても甘ったるい。マカロニウェスタンとペキンパーをパクって今風(当時)ミュージッククリップ乗りを加味したものの正体は浪花節だったというブラック・…
★★ 1994年3月19日(土) 扇町ミュージアムスクエア 1日限りの単調なバイトの2人きりで過ごすこのニュアンスは俺にも解るが、ニュアンスを伝えるのみに終始し次の次元へ映画は翔んでいかない。閉塞的で自慰的な世界観。何も産み出されはしないし何も壊れもし…
★★★★ 1994年3月21日(月) 新世界国際劇場 企画の由来からして素晴らしく幼児的なのだが、知性の欠片もみられないギャグが低位で間断なく持続して全く緩まない。弾け切らないのも確かだが、ずーっと薄ら笑いしてられる心地良さ。尖ってないのが微温湯的に安心…
★★★ 1994年4月3日(日) 新世界国際劇場 男版ハーレクインに逆説的に「真実の」ロマンスと銘打つからには自覚もあったろうに若気の至りとも言うべきナマな夢物語には矢張り退く。これだけの脇キャストを揃えながらスコットの無臭演出が妙に素直というアンビバ…
★★★★ 1994年4月3日(日) 三越劇場 多くのドラマトゥルギーが帰結の予兆的萌芽を内包し物語を深化させる前半の少年時代が良いのは編年記の常。しかし、後段、愛に言及し仮初にも三角関係に展開の綾を託すにしては余りに躊躇が横溢し近代史の嵐の中で雲散霧消す…
★★★ 1994年4月10日(日) 高槻松竹 大国の利権争いから内戦に至るベトナム近代史で翻弄される1人の女性を通しストーンが何を言いたかったのか終ぞ見えない。駆け足的な大河ドラマの中でジョーンズの印象はお荷物の介入者でしかない。視点の立脚点に本腰が入っ…
★★★★★ 1994年4月24日(日) 梅田スカラ座 基本私利の為なシンドラーの複層なキャラ付けがあるにせよ、状況に偏愛するスピルバーグのサディスティック視点の結実こそ肝。ゲットー解体から収容所に至る俯瞰描写のスケールと細緻。その厚みの対極での映画心を揺さ…
★★★★ 1994年5月3日(火) みなみ会館 とりたてて珍しくもない文革期を挟んだ一女性の編年記だが、従容として受動的であるが故の女性ならではの強靱で柔軟な適応力が素晴らしい。透明度高い撮影は静謐であり淡々と流れて物語と溶け合う。そこにあざとさの欠片も…
★★★★★ 1994年6月19日(日) 祇園会館 殊更に女性の社会性を取り上げることもなく、主人公エイダは、あたかも当然の如くに、自然体で、本能的で、西欧的価値観から自由だ。それは多分にカンピオンの価値観と同期してるらしい。正直尊敬せざるを得ない。主演2人…
★★★ 1994年6月12日(日) つかしんホール 撮影をはじめ技術パートの完成度は一種の到達点と思えるが、正直、この李天祿の人生が余りにドキュメンタルな事実にとらわれすぎで面白くない。『非情城市』で兆しが顕現した侯孝賢ルーティーンイメージで凝り固まって…