男の痰壺

映画の感想中心です

草原の椅子

★★★ 2013年3月23日(土) 大阪ステーションシティシネマ

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巧く廻らない人生に於いて、今一度、人間関係を形式から整えることでリスタートしてみればという提言であり、夫婦と親子と友人が新たに形成されるのだが、今の時代、この衒いの無さは寧ろ有りではと思わせる。肯定的で前向き。パキスタンは方便に過ぎないが。(cinemascape)

 

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彼女と彼たち なぜ、いけないの

★★★ 1981年1月4日(日) コマゴールド

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こういうことがアンチモラルとされた時代に淡々と肩肘張らずに物語るという点だけが身上なのにタイトル「何故いけないの」ってのは野暮というもんだ。同衾する男女のインモラリズムは表層の社会的ジェンダー作劇でかわされ踏み込み甘く万事きれい事過ぎる。(cinemascape)

 

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5時から7時までのクレオ

5時から7時までのクレオ★★★★ 2020年3月20日(金) テアトル梅田2

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【ネタバレです】

冒頭で示唆された不吉な予兆は、始まってしばらくすると、この2時間にわたるパリジェンヌのコンテンポラリーそぞろ歩きから拭い去られる。

それが狙ったものか、演出の甘さなのかは知る由もない。懊悩や焦燥といった感情の表出が希薄なのだ。

俺は、てっきり最後には、あれは間違いでございました、心配して損しちゃった!チャンチャンとなるんやろと思い込んでました。

 

ところが、医者から言われる。諦めるのは早い、放射線治療で様子みましょうって。

彼女は本当に癌なのであった。

その瞬間、2時間見てきた世界が転倒した。

 

女性マネージャーと2人で→1人で→女友達と2人で→1人でといったふうに相手を替えつつ展開していく彷徨が、終ぞ彼女の慰めにはならなかったし、現実と対峙するきっかけにもならなかった。

でも、偶然に知り合った見知らぬ軍隊帰りの男が医者との面会に同道してくれる。

凄いニヒリズムと思う一方で、事実を受け入れ新たな運命に対峙する縁でもあった。

無言で見つめ合う2人の表情で締められるラストショットは微かな希望を提示している。

 

音楽を担当したルグランの作曲家役での出演、ゴダールアンナ・カリーナの劇中劇での客演も映画史的興趣を掻き立てるが、ドキュメンタリズムを縦横に錯綜させるモノクロ撮影と先鋭的な時間テロップを操るヴァルダの予想以上の先駆性こそ驚きだ。

 

パリの街を移動し続けながら人との同道と離反を繰り返す彷徨は分単位に細分化され生態観察のような冷徹な筆致で来るべき時に向かうが、何気ない邂逅が世界を反転させ不安に充ちた予感は立ち向かえる障壁に瞬時に変わる。畳み掛けるような余りに鮮やかな終局。(cinemascape)

 

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おもひでのしずく (2003年4月25日)

※おもひでのしずく:以前書いたYahoo日記の再掲載です。

続・歯医者

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かれこれ2週間以上歯医者に通っているのですが、1本が2本、2本が3本と次から次へと知らぬ間に治療されていて、いつまで経っても終わりません。ここのとこ、睡眠時間も少なく、診療台を倒されて体が水平状態に近づけば、あっというまに寝てしまうのです。昨日は気付いたら1時間半経っておりました。ほとんど、その間寝ておりました。以前に神経を処置しているので、痛くも痒くもなく、たまに奥深くの機能している神経にドリルが触れたときだけ、体が痙攣しクワッと眼を見開き周囲をギョロリと見渡して、でも又すぐに寝てしまう。…多分、相当に不気味な患者だと思います。
「大丈夫なんですか」
治療後に「お口のお掃除」をしてもらいながら脱力しそうな心地よい天使の声でしみじみ言われたときには
「このまま永遠の眠りにつきたい…」
心からそう思いました。
しかし、そのあと、先生が来て
「次は歯茎ひっぺがして中の骨削ったろかな」
そう言われて天国から地獄へ突き落とされたのでございます…。
(つづく…つづきたくないが…)

汚れなき祈り

★★★★ 2013年3月23日(土) テアトル梅田2

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良く言えば通り一遍でないが悪く言えば未整理。現代の悪魔祓いという題材を得て尚ムンジウは撃つべき対象に躊躇してる。女2人の関係の特異性が抽出され過ぎ、教会という体制は後景に退いた。ただ、ラストを筆頭に描写の即物感が醸すクールネスが堪らん。(cinemascape)

 

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炎のごとく

★★★★ 1981年5月10日(日) 伊丹ローズ劇場

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雌伏を強いられた加藤泰の精魂を込めたかのようなショットが連発され、シーンごとの造形力は素晴らしいの一語。総決算と言うに相応しい。しかし、話がメリハリ無さ過ぎでダラダラ長いのも又らしいと言えばらし過ぎる遺作。(cinemascape)

 

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チャーリーズ・エンジェル

★★★ 2020年3月17日(火) 大阪ステーションシティシネマ

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前回の映画化では、あまり気にもしなかったんだが、ええ歳こいた爺さんどもが、エンジェル、エンジェル言うのにこっ恥ずかしいような居た堪れなさを覚えた。

組織の絵空事は百も承知であるから、「彼女」たちでなく「エンジェル」たちでいいんだが、時代の変遷が、男が女性を素直に愛しむことを憚らせる空気を醸しているんやろか。わかりません。

 

エリザベス・バンクスの演出に期するもんなど皆無だし、何より硬質なクリステン・.スチュワートにこの男の求める女性の理想像が体現できるとも思えない。

でも、そんな路線は端っから考えてないみたいです。

 

これは、結局のところ、アリシア・ヴィキャンデルかと思ったらナオミ・スコットだった彼女がエンジェルになるまでの前史譚。

女たちの円環の中で完結する物語である。

当然、男である俺は、勝手にしやがれというしかあれません。

 

新人エラ・バリンスカだが、あの肢体での躍動美はちょっと見もので、今後も見てみたい気にはさせられました。

 

男の願望を充足させつつ枠内でイケイケ女天国を現出させた前シリーズに比し、前史譚として円環内で完結する物語は男を排除する。エンジェルエンジェル言う親爺たちのバカさ加減も佗しいが定形のフェミニズム王国の狭間からエラの肢体がはみ出て躍動する。(cinemascape)

 

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