男の痰壺

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わたしは、ダニエル・ブレイク

★★★★★ 2017年3月18日(土) シネリーブル梅田1
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世界でシステムが崩壊しようとしている。
そのシステムは富の分配のことだと言う向きもある。格差の拡大で歪が出たのだと。
左派の論者はおおむねそういう言い方をする。
たぶん、ケン・ローチもそういう陣営だろう。
俺は、左派陣営の論理の立脚点は愚昧なポピュリズムに棹ふってると思っている。
問題の本質はそこじゃないと思うから。
 
しかし、このケン・ローチが引退を撤回してまで言わずにおれなかった現実は胸に刺さる。
システムの迷走と混迷と、その狭間で窒息しようとしている当たり前の尊厳。
 
この映画は冷徹人間ばかりが出てくるわけじゃない。
しかし、彼らは皆、声を上げることができない。
そんななか、声を上げようとのアジには賛同する。一応。
 
少し前のスウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」に設定が酷似している。
しかし、拠って立つ立脚点はまったく違う。
 
慈善団体の食糧配給所のシーン。
シングルマザーの彼女がいきなり豆の缶詰を開けて貪り食う。
奇矯な行為だが、それを奇矯と感じさせない真実と共感を映画は内包している。
正直、映画館の中で密かに嗚咽してしまった。
 
迷走するシステムの狭間で窒息しかける当たり前の尊厳。声を上げない慣らされた我々にローチは声を上げようと言う。食糧配給所のシーン。彼女がいきなり缶詰を開けて貪り食う。奇矯な行為だが、それを奇矯と感じさせない真実と共感を映画は内包している。(cinemascape)