男の痰壺

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こわれゆく女

★★★★★ 2023年7月21日(金) シネリーブル梅田2

喜怒哀楽の高低差が激しく、良悪の価値基準が若干ズレている。こういうのは程度の差こそあれ誰もが内包している感情の機微なわけだが、自己抑制できなくて発現が過度になった場合は精神疾患ということになるのだろう。この正常と病気の中間点の微妙な隘路を縫うようにカサヴェテスが造形してローランズが神懸かり的に演じた主人公のヒリヒリ感から一瞬たりとも目を離すことができない。凄まじい傑作だと思います。

 

こんな女房をもった男の方も我慢の限界が来る来ないがその時々に応じて変動する。時にキレるし時に忍従する。そういった日々の積み重ねが何日、何年、何十年と続いていく。夫婦ってそんなもんじゃねーの?っていう、これはカサヴェテスなりの夫婦論。優しい野郎ですな。そしてそれが身に沁みて男涙にくれる俺も、ふっふっふっ…そういうことです。

夫を演っているのがピーター・フォークなんですが、この方何演ってもコロンボに見えるという呪縛から珍しくも解き放たれて、彼女の夫として確固として在る・居る。目から鱗です。

 

今回、あらためてカサヴェテスのマス演出の素晴らしさを思い知った。それは自身が演技者でもあることによる共闘関係が現場で当たり前のように醸成されているからなんでしょう。序盤の夫が仕事仲間たちを家に連れて来る件と、後半の妻が退院して来て多くの人がお祝いで家で出迎えるシーン。台詞を言っている人物の周りに何人もの人がいる。そういうときに演出家は全員をディレクションできないわけだから「お任せ」になるわけですが、みんなすごーく出来てる感じがします。出来る連中を呼んでるんでしょうが、やっぱ信頼関係がそういうときもの言うんですよね。

夫婦の話だから2人芝居が多いんですが、こういった人物の出し入れ構成のメリハリが効いてダレ場皆無。睡眠不足で見たがアドレナリン出まくりで睡魔の欠片も寄せ付けませんでした。

 

正常と病気の微妙な隘路を縫うようにカサヴェテスが造形しローランズが神懸かり的に演じた主人公のヒリヒリ感から一瞬たりとも目を離せない。夫も時にキレ時に忍従する。そんな日々の積み重ねが何日、何年、何十年と続いていく。夫婦ってそんなもん。(cinemascape)

 

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