男の痰壺

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残像

★★★★ 2017年7月10日(月) シネリーブル梅田1
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信義を通すということとは何かということを謳っているのだが、教条的ではない。
戦中の日本の左翼弾圧を描いたもののような視野狭窄っぽさもない。
もっと普遍性がある。
 
我はらんとあんじょう上手くやったらよろしいやん。
とは、もちろんワイダは思ってもいないのだが、彼をヒロイックに描くことも一切ない。
 
幼いのに完全に自立した娘の存在が効いている。
処世術に長けた彼女はスターリニズムに身を委ねることに一切抵抗がない。
そのことを親爺は苦々しく思いつつ黙ってるしかない。
 
若者たちが思想統制されていくことが、正しいわけない。
しかし、一方で親子で堕ちていく救いの無さから辛うじて映画は逃れている。
そのへんのアンビバレントで複層的構造はワイダの遺作として収まりがいい。
 
娘と愛人の学生がアパートから立ち去るのを同一構図で反復する。
老いてなを瑞々しい映画的感性を保持していたんだなと思う。