男の痰壺

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悪なき殺人

★★★★ 2021年12月3日(金) シネリーブル梅田1

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素晴らしく凡庸な邦題をつけられた作品だが、これは予想の斜め上を行く出来だと思います。

時間と空間という映画表現の最大の特質を十二分に利していると思われる。

 

状況を視点を変えて反復する。最近公開された「最後の決闘裁判」でもやっていた手法だが、本作ではカメラのアングル=視点を他に置くことに意識的だと思われる。そのへんで「決闘裁判」が今一と感じられた映画的な快楽のダイナミズムを獲得できている。

 

雪景色のフランスの片田舎で展開する物語が、中盤以降に矢庭に北アフリカコートジボワールへ飛ぶ。何の連関も無さそうな空間の跳躍だが、激変する世界の質感の変質も又快楽である。

 

【以下ネタバレです】

多くの普通じゃない人々が出てくる。不倫を夫に隠さないケースワーカー、母親の死で鬱になったマザコン男、レズビアンの相手と不倫する有閑夫人、その相手の若い真正レズのレストラン店員。

彼ら彼女らが織り成す物語は不穏な予兆を醸しつつも、実は後半に搦手から出てきた物語の担い手によって脇に放逐されてしまう。

 

その余りにまともで哀しい男の物語がメインやったんかいとの思いは、一方で多くの普通じゃない人々の物語と均衡し得ていたかとの思い。若干だがの釈然としない。

 

まあ、それでも、ラスト2シークェンスは素晴らしく余韻がある。特に北アフリカの安宿で全てを知ってしまったうえでSNSの画面を開く。男には虚構世界しか残されていないという自嘲。★5にしようか随分迷いました。

 

風土正反な舞台の跳躍や視点の差異を活かす時制反復など空間と時間という映画表現の特質を最大限に利する。不穏な予兆を孕む普通じゃない人々の物語を傍に追いやり主線となる普通の男の顛末は不均衡のきらいはあるが真っ当に哀しい。ラストのシニカルな余韻。(cinemascape)

 

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