男の痰壺

映画の感想中心です

神は見返りを求める

★★★★ 2022年6月27日(月) TOHOシネマズ梅田10

数年前、俺が間もなく定年になり仕事もどうなるかわからんって話を家ですると

「じゃあ新しい仕事今からでも探さなあかんやん」

「ふっふっふっ考えとるがな」

「何かあるん」

「YouTuberやがな、親父の叱言っつうタイトルでな、俺なりの世の中への怒りを吠えまくってやるんや」

「やめとき、そういうの既にいっぱいあるから、んでだいたいフォロワー1ケタやし」

「そうなん」

「そんな自己満足でお金稼げるほど甘くないよ」

この映画を見てYouTuberってやっぱ大変なんやなと改めて思いました。

 

それにしても、3作続いたオリジナルシナリオでの映画で全く違う分野を題材に選んだ吉田恵輔のウィングの広さを改めて思わせる。

まあ、ドス黒い人の業と幾許かの救済が盛り込まれるのは共通してるんですが。

見返りを求めない善意の行為。昨今、こういうのを映画は好んで描いてきたように思う。そういう風潮への痛烈なアンチテーゼ。

 

おっさんが困っている女の子を助ける。喜んでくれるのが嬉しくて時間的にも金銭的にもけっこう無理したりする。で、女の子は、私こういうことでしかお返しできないからと、服を脱いで体を投げ出す。いやあーそういうんじゃないんだ、見返りを求めてやってるんじゃないからと優しく服を着せてやる。おっさんはかっこいい自分に酔ってます。

 

ほんわか良い2人の関係は新たな男の登場で急変していく。女の合理性と男のロマンティシズムが融解不能の化学反応を起こして爆裂する。そのへんの吉田イズムの呵責の無さは徹底しています。

 

いったいどう帳尻つけるねんな展開は、女が心を改めるとか男がすっぱり切り捨てるとかの予想される物語の片鱗を伺わせながら、しかし、一昨日方向から来たものによって明後日方向に捻じ曲げられる。映画にぶち込まれた情報量と想念が半端ないからこういう芸当が出来るとも言えるし、消化=昇華し切れていないとも。

 

いずれにせよ展開のダイナミズムには翻弄されました。

 

見返りを求めぬ人助けの皮を引っ剥がし露悪的なまでにその本質を嘲笑うかのように見せて、時代の暗部を一昨日方向から忍び寄らせて明後日方向にドライブさせる。虚業が跋扈する現代の救われなさへの痛烈なアンチテーゼ。消化=昇華し切れてない想念のカオス。(cinemascape)

 

 

 

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