男の痰壺

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告白的女優論

★★★★ 2023年8月16日(水) シネヌーヴォ

茉莉子、ルリ子、稲子の女優としての実存と作劇が交錯するような半ドキュメンタルなものを予想してたのだが、完全な劇映画だった。3人の女優はそれぞれ虚構の女優を演じる。演じる役と本人とにどれくらいの連関があるのか知りません。あんまり無さそうですが。

 

スタイリッシュなタイトルを見て、まるで市川崑の映画のようだと思いました。吉田喜重は観念論先行の人のように見えて、実は映像アルチザンとしても類い稀なセンスの持ち主だったとあらためて思います。

 

3人の女優の過去から現在への男との或いは女とのしがらみが語られるのであるが、語られてきた話は須くどんでん返しされる。心理的トラウマなんて表層のこと見てただけでは解る訳ないよ、とでも言うように。そして、意図せぬままに、ときにエラリー・クイーンのように、ときに松本清張のようにとミステリーの叙法に近似していくのだ。

 

面白かったのだが、語られてきた物語が「女優論」として、彼女達の実存との関係性を提示していたかは微妙である。まあ、女優たるものそんじょそこらの平凡な経験の場数じゃあ踏み足りませんよってことはわかりますが。

出てくる男たちも三国を筆頭に皆哀しい。女優なんかにゃ関わるもんじゃございません、ってことなんでしょう。

 

語られてきた話は須くどんでん返される。心理的トラウマなど表層のこと見てただけでは解る訳ないとでも言うように。そして意図せぬままにミステリーの叙法に近似していく。だがそれらの物語が「女優論」として彼女達の実存との関係性を提示していたかは微妙。(cinemascape)

 

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