男の痰壺

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一月の声に歓びを刻め

★★ 2024年2月19日(月) MOVIXあまがさき1

このわけわからなさは何やろかと三島有紀子のインタビュー他読んでみたんですが、自身が幼少期に受けた性被害がテーマの根っこにあるらしい。そういうことを公にして作品を作る決意には並々ならぬものを感じはするけど、申し訳ないが空回り、きつく言うと曝け出して地獄に堕ちる覚悟の欠片もみえない。

 

3話のオムニバスだが、3話目が三島の言うテーマにダイレクトに沿ったもので、これだけモノクロで撮られている。大阪キタを舞台にしてることからも自身の過去と向き合う気概はあったんでしょう。でもやっぱ過去事件を腫れ物に触るかのように直接描かないで、彼女の現在形での鬱屈を描くのは限界がある。描ききれないので尺が足りず無理やり別挿話をくっつけて作品に仕上げたとさえ思える。

 

その別挿話だが、1話目は幼い娘を性被害によって失った父親の消えない悔恨。しかし何故カルーセル麻紀なのか?男性の性への憎悪が自らのそれを排除させたという理屈らしいが、如何にも後付けめいている。まあ、御歳80を超える彼女がお元気そうでなのは何よりとは思いましたけど。2話目は、もう性被害とか関係ないっす。喪失と父親の娘への思いといったモチーフは通底してますけど。

 

三島有紀子の「Red」を俺は非常に買ってる人間なので、この取り留めのなさは失望以外の何ものでもなかった。システムを破壊してでも突き進む女性の生業といったものを今一度見せてほしいと思いました。

3話目で登場する大阪駅前第1ビルの喫茶マズラの前を先日通ると本作のチラシが置かれておりました。学生時代から何度か行ったことある茶店やったので少し嬉しかったです。

 

モノクロで捉えられた大阪キタの風景が異化作用により時に限りなく美しい3話目だが三島が自身のトラウマを脱却するための何ものをも提示し得てない。お茶を濁すように足された他の2挿話の喪失への思いも空転している。カルーセルの慟哭は理解不能(cinemascape)

 

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