男の痰壺

映画の感想中心です

過去日記2003下半期①

アイスクリーム
♪おとぎ話の王子でも昔はとても食べられない アイスクリーム アイスクリーム

他愛のない幼児向けの歌曲のように聞こえるが、実は近代ミクロ経済学の需要と供給による価格決定メカニズムを幼児期からインプットさせる啓蒙心に富んだ内容である。

♪ぼくは王子ではないけれどアイスクリームを召し上がる

これは供給曲線が右にシフトしたために生じた価格下落がもたらした事象である。

先日、兵庫県の芦屋市で、震災復興分譲住宅の住民が売れ残った部屋を半値で売り出した住宅供給公社を相手に損害賠償を求める訴訟を起こした。
自分の家の資産価値がおかげで下落しちまったじゃねえかってのが理由らしいが、本音は自分が3000万で買った家を他人が1500万で買うのがむかつくってだけだろう。

自由主義経済では建前上は消費財の価格決定は市場メカニズムに委ねられる。上記物件は需要曲線が左方にシフトしたから価格下落がもたらされただけ。供給サイドは在庫をはく為に当然の行為を行っただけだ。

合理性極まりない行為に対して我儘な論理でいちゃもんをつける人々の背景に救いようのない甘えと依存心が垣間見える。

プカプカドンドン 冷たいんだぜ世間は
ユラユラユラ 甘くはないぜ生きるって
チイタカタッタッタ おいしいことだけじゃないってよ

自分の失敗を人のせいにするのはカッチョワルイ

(注:偶々、芦屋の問題が記事になったので取り上げたが何年も前から同様の訴訟が起こされている。本文は震災復興住宅であったことに意味を見出そうとするものではない)
2003年9月30日
自己愛
自己愛ってなんやねん。
そんな、ちんけでしょうもないもんはとっととドブに捨てちまえ。
自己愛にまみれた親と子、教師と生徒、上司と部下、妻と夫は、馴れ合い、依存しまくって、そんな腐れた関係を正当化しようと、つまらん御託を並べたてる。

不良教師?
ガキどもに舐められたら教師は即刻辞表出さんかい!
引篭もり?
どつきまわして家追い出せ!野垂れ死んでもしゃあないやないけ!
シルバーシートでガキが寝てる?
髪の毛引きずりまわして電車の窓から放り出したれや!
人いたぶり殺しといて未成年で死刑にならん?
座頭市に頼まんかい!

閉ざされた事象を針小棒大にマスコミが論う間に社会のシステムは完全に機能不全になるだろう。
…ってもうなってるがな。

えっ、俺?
馴れ合ってるがな…
あかんわ。
2003年9月25日
トリックスター
トリックスターtrickster)=秩序の破壊・創造を担う神話的存在
(infosekマルチ辞書より)
※映画「座頭市」のネタバレがあります。

「用心棒」の桑畑三十郎こと三船敏郎は、又「テオレマ」の訪問者ことテレンス・スタンプはトリックッスターを演じて自らが神になろうとしたのではない。彼等は黒澤の、又パゾリーニの仕掛けたフォークロアの単なる受容器として役割を全うしただけだ。

座頭市」に於けるビートたけしはオリジナルの「座頭市」の基本設定を終盤で破壊してまで自らを神話化しようとする。1歩譲って、その明け透けな意図を認めても、劇作が生半可で実質上のクライマックスが個の対決で極まってしまうような展開では「神話的な秩序の破壊者」には到底見えない。十全に練られた脚本とは言えないのだ。

黒澤が「椿三十郎」で血をド派手に噴出させてから約半世紀。この映画のCGは日本の時代劇に於ける刀による殺陣を革命的に変えるであろう。それくらいのアイデアには充ちた映画である。1800円払う価値はある。

でもねえ…やっぱり人は生きてるうちに神になろうとしちゃあいかんと思うのだ。
死んでからで充分…ちゃうやろか?
2003年9月24日
男はつらいよ
2003年12月某日 ロイター発 トロント
座頭市」でベネチア映画祭監督賞を受賞した北野武監督は、「北野映画祭」が催されるモントリオール映画祭に出席中、次回作について聞かれ、日本の国民的映画「男はつらいよ」のリメイクを企画中と答えた。

2004年2月某日 サンケイスポーツ 抜粋
昨年より企画の進行が報じられていた、北野武監督の「男はつらいよ」の制作発表が行われた。
-何故「男はつらいよ」なのか?
勝新さんやっちゃったからね、次は渥美さんか裕次郎か若大将しかないと思ったんだ」
-「座頭市」の金髪、タップのような新解釈は取り入れるのか?
「渥美さんの芸を真似しろったって、俺には無理だからね、俺流になるしかないだろうね。それは、山田監督にも了解してもらってるよ」

発表された配役は以下の通り。
車寅次郎  …ビートたけし
さくら   …室井滋
博     …竹内力
おいちゃん …三國連太郎
おばちゃん …カルーセル麻紀
満男    …桜井和寿
社長    …ビートきよし
御前様   …マックス・フォン・シドー
源公    …窪塚洋介
マドンナ  …未定

北野監督によると、寅屋の人々はオリジナルとは全く違うキャラクターになると言う。さくらは連続殺人鬼の元情婦で、博は広域暴力団の元幹部構成員、おじちゃんは新興宗教の教祖で、おばちゃんは新宿ゲイバーの元ママ、満男は成人してスーパーポップスターになっており、そして源公は天草四郎の生まれ変わりというハチャメチャな設定になるそうだ。

発表を受けて、「寅さんファンクラブ」の東京支部では支部長の田中薫氏による製作阻止声明が発表された。

北野武監督作「座頭市」鑑賞中に夢想す。
2003年9月21日
マグマ
ずーっと何かを我慢するのはよくないと思った。

いつ会ってもにこやかで、温厚な人ってのは、どうも腹の中に一物持ってそうで油断がならない。
それが、すごい修行の末に獲得した達観であるなら素晴らしいが、でなければ、一種の処世術であり、怒りや不快や哀しみを抑える為に本人の内部で凄まじい葛藤が繰り広げられていそうな気がするからだ。
それでも、それを墓場の中まで持って行くのであれば誰も迷惑はしないのだが、何かを契機に抑圧がとれてマグマのように噴出してきたそれは周囲を不幸のどん底に叩き込む。

80歳に近づいた温厚と言われた人が古女房に拳を振り上げ救急車を呼ぶ騒ぎを起こす。
受験期の子供を抱えた娘たちは心労で倒れるかもしれない。
70歳を超えた弟夫婦は早朝や深夜に女房のSOS電話で叩き起こされる。

傍観者である弟夫婦の息子の俺は思う。
ベルイマンの映画みたいだ。

マグマを溜めてはいけない。
小出しに噴き出させてガス抜きしてやるが吉。
だから思う。喧嘩もしない仲良し夫婦ってやばいんちゃうかと…。

(注:本文の趣旨はDVを肯定するものでは勿論ない)
2003年9月18日
過渡期
「ボロは着てても心は錦…」
チーターさんが嘗て歌ってた時代。
みんながボロ着てました。
だから、チーターさんの歌声にささやかながらも私たちは皆、「俺のことだぜ…」と思って納得できたのでしょう。
「ボロを着てると心もズタボロ…」
今の時代、1億総中流意識は崩壊し、勝ち負けが徐々に顕在化しているときに、ボロを着てることは即、負け組になったかのような錯覚を与えかねません。
過渡期なのではないでしょうか。
中流意識が抜けきらないまま、劇的変化に晒されたガキは妬み根性で人を簡単に殺し、親爺は逃避の為に自殺し、女性たちは子供を持つことを躊躇するでしょう。

私は昔が良かったなんて思いたくないし、現実に戻ることなどできません。
ただ、ふやけた中流意識が潜在意識からきれいさっぱり拭い去られた世代が社会の中心を成す時代がいづれは来ると思うだけです。
そのとき、どう自分は生きていくのかを考え続けないといけないと思います。

村上龍著「最後の家族」にインスパイアされて。
2003年9月9日
その後のアンダー・サスピション
2003年秋。とある回転寿司屋。
1人の男が自動ドアを開けて入って来た。そして店内を見渡す。
「よおーっ!ここだよ」
カウンター席で1人の男ががなりたてた。男は鷹揚に近づくと横の席に腰掛けた。
「遅いじゃんかよ、モーガン
「場所がわかんなくてよ」
「おかげでプッチンプリン3皿杯喰っちまったじゃんかよ」
回り続ける皿に暫し目を向け男はおもむろに1つの皿を手に取った。
「何なんだよ…そりゃあ」
「見てわかんねえかよ、ハンバーグ巻だよ」
「寿司屋でハンバーグたあ、どういう了見してんだよ…ガキじゃあるまいしよ」
「お前にだけは言われたかねえよ、ジーン」
「しかし、3年ぶりかよ」
「そうよ、例の映画以来だぜ」
「あんときゃお互い楽しかったよな」
「ああ、お前さんは楽しかったろうよ」
「どういう意味だよ」
「うまいこと話に乗せられてよ、金まで出させやがって…できあがってみりゃあ何のことはねえ、ありゃ、あんただけ目立ってる映画じゃねえか」
「そんなこたあねえぜ…お前さんも結構イカシてたじゃねえかよ」
「そうかよ、本当にそう思うか?」
「そうよ、当然じゃねえかよ」
「しかし、批評家さんには完全に黙殺されちまったよな」
「ほっとけよ、提灯持ちなんかよ」
「ああ、ほっとくよ…でもよ客にも黙殺されちまったんじゃあシャレにもならねえじゃんかよ」
「まあ、そんなに落ち込むなよ、なっ、俺たち2人とも大統領役者でオスカー俳優じゃねえかよ…シケた顔してねえで飲めよ、ヨオッ兄さん、こいつによお梅入りジントニック持ってきてやってくれよ、で俺にはカルピスサワーね…何?ないだと?てめえ俺のこと誰だと思ってるんだよ、大統領役者でオスカー俳優のジーン・ハックマンだぞ、えっ、知らねえ?なめてんのか?…上等だよ、表出やがれ…」

9月30日発売の「週間芸能」より
「9月某日。かねてよりお忍び来日中の米俳優ジーン・ハックマンモーガン・フリーマンが都内某所の回転寿司屋で店員に因縁をつけ全治2週間の怪我を負わせた。更に同店の機器を著しく損壊し、傷害及び機器損壊で逮捕された。2人は事実を認め損害賠償にも応じたので2日の拘留後に米国に送還されたとのことだ。従業員A氏によると…」
2003年9月6日
アンダー・サスピション
1999年暮れ。とある居酒屋。
1人の男が暖簾を分けて入って来た。そして店内を見渡す。
「よおーっ!ここだよ」
カウンター席で1人の男ががなりたてた。男は鷹揚に近づくと横の席に腰掛けた。
「遅いじゃんかよ、モーガン
「場所がわかんなくてよ」
「おかげでカルピスサワー3杯飲んじまったじゃんかよ」
店員に向かって男は言った。
「俺にはジントニック…あっ梅入れてね」
「どういう趣味なんだよ」
「お前に言われたかねえよ、ジーン」
「しかし、7年ぶりかよ」
「そうよ、クリントの映画以来だぜ」
「あんときゃお互い苦労したよな」
「あいつの演技ときた日にゃあ、うんざりのワンパターンだろ…俺とあんたで盛り立ててやったからオスカー取れたんだぜ」
「まったくよ…監督賞だってんだからよお、笑わせてくれるよな」
「でも、あんた、その後で又ぞろ野郎の映画に出てたぜ…『目撃』だっけ」
「そうよ、やっこさん、俺のこともちいとは見直したみたいでよ、しつこい位に頼み込んできやがるんでよ…まあ、くだねえ役だったけどよ」
「くだらなくても一応…大統領なんだからいいじゃねえかよ」
「あんたもやったじゃんかよ『ディープ・インパクト』でよ」
「そういやそうだったよな」
「考えてみりゃあ、俺達大統領同士じゃんかよ…オスカー俳優だしよ…すげえじゃんかよ」
「まあ、お互い世知辛いハリウッドでさあ、この歳でよく頑張ってるよな」
「どうよ…このへんでよ、実力者同士がっぷり四つでよ、1本やってみたくはねえかよ」
「いいよな…でもよ、助演ならまだしもよ、俺達みたいな爺い同士の出る映画なんて企画あるか?」
「ふっふっふ…これなんかどうよ」
男はシナリオのゲラをふところから取り出した。
『アンダー・サスピション』と」書かれていた。

ジーン・ハックマンモーガン・フリーマン主演による映画はこうして出来たのである。
2003年9月6日

コミュニケーション
先日、夜のニュース番組で或る居酒屋チェーンの幹部候補生の教育風景を見た。1人の店長補佐の男の子が指名されて今の問題点は何かと問われる。彼は板場の年配者達との連携が上手く機能していないと言った。言葉を選んで言ってはいたが、要は20代のペイペイの自分の言うことを40、50のベテラン板前が舐めきって聞いてくれないということだ。結果、その店では定食1つをテーブルに出すのに30分かかっている。
…で、その会社の教育官たる役員の強面おっさんはどう指導したか?
俄かに顔を泣き顔にして両手を拝むように合わせ「お願いします」とやって見せたのだ。
そして、若い副店長は何度も「お願いします」を練習させられる。
確かに店に戻って1度や2度は「お願いします」作戦で急場を凌げるかも知れないが、彼は一生「お願いします」を言い続けるのだろうか?そんなアホな…。
西洋的な合理主義一辺倒の考えは勿論性に合わないが、一方余りに日本的なコミュニケーション至上主義も唾棄したい。
彼は本来こう言うべきである。
「あっそう、いいよ、あんたが俺の言うとおりにやってくれないんなら明日から来なくていいっすよ」
そして板場でも何でも死に物狂いで自分で覚えちまえばいいのだ。そう指導すべきだと思う。
内なるコミュニケートを重視する余り顧客に向き合う運営が御座なりになるのであれば、その企業が駆逐されるのは目に見えている。
2003年8月26日
強制送還(フィリピーナ完結篇)
(承前)
結局、先輩は俺たちの為に店と交渉して早々に帰り、1時半まで店に残った俺たちは、指名した女の子たちに引き合わされ、店のワゴンに乗せられて、焼肉屋に連れて行かれて、彼女たちが腹へってるから飯食わせてやってくれと言われ、どんぶり飯に焼きあがった肉を乗っけて美味そうに食べる2人の女の子を急かせて、店を出てホテルに行き、やることはやったが、すぐに朝で出勤時間となって、バイバイしたが、物足りず後日、2回ほど1人で店に行き同じ行程を、焼肉抜きでたどったのだ。
その女の子がマリルちゃんであった。
あんまり日本語が上手くなくて彼女の話の10分の1も判らなかったが、今でも覚えてるのは、彼女を含めた店のフィリピン人女性たちがとんでもなく劣悪な住環境下にあったという話だ。タコ部屋みたいな1室に78人押し込められてるということだった。
朝、ホテルを出て「帰りたくないよ」と言うのは俺と別れるのがイヤというわけでは全くなく一重に部屋に戻りたくないからなのだった。

小説「虹の谷の五月」のメグが日本に旅立つことに殊更感傷的になる必要はないだろう。しかし、日本に働きに来ている外国人に対して俺も含めてほとんどの人は受身であり、そのスタンスが、犯罪等のネガティヴな報道で助長されるのはどうだろうか。中には生まれ育った光り輝く故郷を思って眠れぬ夜をすごす人たちがいるかも知れない。そして、それは、他人事ですまない日が来るかも知れないからだ。

(後日譚)
マリルちゃんは観光ビザで働いていたらしく、とっくにそれが切れてたとのことで、警察に捕まってしまった。そして、連日のように会社に先輩の彼女のママさんから電話が入り始める。渡航費を出せというのだ。強制送還されれば1年日本に戻れないが自腹で帰国すれば直ぐに戻れるからとのことだった。
俺は結局払わなかった。
何故なら、中国人留学生の愛ちゃんにお金が必要になっていたからだった。
(おしまい)
2003年8月23日
ニシキヘビ(続フィリピーナ)
(承前)
飯喰ったりして時間を潰して言われた店に着いたのが10時頃。かなり広いフィリピンパブだった。俺とAは店のママさんらしき人に先輩の名前を出し聞いた。
「○○さんから聞いてもらってますか?」
返事がない。しかも愛想も良くない。(後で解ったのだが日本語がわからなかっただけみたいだった)
とにかくボックスに案内され、女の子が2人ついた。しばらくしてショータイムとかで、店の中央に台座みたいなのを置いて黒人男と白人女の白黒がおっぱじまった。しかもニシキヘビを使ってするのだ。
Aが俺の耳元で囁いた。
「先輩…この店…なんかやばいっすよ」
言われなくても俺もそう思ってた。
「帰ろっか…」
とにかく白黒ショーが終わったらと思ってたら先輩が登場したのだ。店の人たちにあっちこっち声をかけたりして、いっぱしの顔みたいだった。そして、俺たちの席に来て腰掛けて言った。
「気に入った子いたか?」
地獄に仏という言葉がある。普段は不気味に思える先輩も、よりいっそうの不気味な環境下では仏に見えるのだ。
「そうっすねえ…最初の女の子の方がよかったっすね、なっ」
俺たちのボックスは1度女の子がチェンジしてたのだ。相槌を求められた後輩Aは顔に瞬時よぎった恨めしげな表情を抑えて言った。
「俺もっす」
「ほう…で…どの子よ」
「あの子っす」
「ほんで?」
「もう1人はあの子っす」
先輩は暫し2人の女の子を眺めて覚え立ての関西イントネーションで言った。
「ぐふっ…おまえらも好きもんやのお」
正直、わけわからんかった…。
(続く)
2003年8月20日
フィリピーナ
※本文には船戸与一著「虹の谷の五月」のネタバレがあります。

船戸与一直木賞受賞作「虹の谷の五月」のラスト。
フィリピンはセブ島の辺境の村で生まれ育った汚れを知らぬ聖少女メグが享楽の暗黒都市「ヨコハマ」に行くことを示唆して終わる。
読後、しばし本を伏せ、俺は過去の思いにふけった。
突如、脳裏に飛来した1人の女性の記憶…
…その名はマリルちゃん。
10数年前、関西はとある辺境の都市でサラリーマンだった俺は(今もそうだが)入社3年目の初な青年であった。ある日、転勤で1人の先輩が赴任してきた。目付きの気持ち悪い先輩であった。先輩は既婚者であったが瞬く間に夜の町を掌握して1人のフィリピンのママさんを囲ったのだ。その女性はその町に当時流入が加速していたフィリピン人ホステスの世話役みたいなのをしてたらしい。日本人と結婚しているが亭主は刑務所にいるとのことであった。俺や後輩たちは何度もそのママの店に連れて行かれたが、正直、腰は引けていただろう。「ヤバいこと関わりたくないなあ、かなわんわ」というのが偽らざる気持ちであった。
先輩は、よく仕事中も俺たちに声をかけて来た。
「お前ら彼女もおらんで、あっちはどうしてるん?…グフッグフッグフッ…」
不気味な含み笑いであった。
そして、ある日、晩にあるパブに行くように指示されたのだ。で、店がひけるまで粘って残ってろと言う。
「悪いようにはせんから、なっ…グフッグフッグフッ…」
俺と後輩Aの2人は仕方なくその店に行った。そして…。
(続く)
2003年8月19日
暑中見舞い
まぶたに焼ゴテ(あははーん)
受けてるみたいな(ふーふー)
夏の日の太陽がまぶしくて
今にもあなたが(あははーん)
頭のネジ切れて(ふーふー)
かけて来る
包丁もって

はやく熱冷ましたくて
冷麺とざるそばばっかり喰ってます
今年の夏は骨まで熱い
腹下しそうな夏です

暑中お見舞い申し上げます。
皆様もくれぐれもご自愛下さいませ。
2003年8月6日
選択
20年来、折りに触れて心に飛来し、私を悩まし続けている1つの命題がある。

「カレーライスの匂いと味のする、う○こ」
「う○この臭いと味のするカレーライス」
上記2つのうち、どちらかを食せねばならぬとすれば、どちらを選ぶか?

ひと昔前に流行った「究極の選択」という遊びの1つで、大抵のものは選択できたのだが、こればかりは、どうしても心を決めかねるのだ。

先週某日夕刻、4歳になる息子のお○んちんの中央部が異様に腫れて痛い言うてると女房から電話があり家に戻って医者に連れて行った。
俺は多少の熱くらいでいちいち医者になぞ行くべきではないと思ってる人間なので、普段であったら「あほんだら!ちん○ん腫れた位で電話してくんな!」で済ましてしまうのだが、たまたま、その日の昼に本屋で立ち読みした本のことが頭に残っていて否応なき恐怖を覚えてしまったのである。

「男の脳、女の脳」(著者覚えてませんしタイトルも少し違うかも)という本で、冒頭に1つの事例が紹介されていた。

割礼が一般的な某国で、ある1卵生双生児の男の子の1人が施術に失敗して、お○んちんを消失するハメになり、両親は2つの選択肢を提示された。
「お○んちんの無い男性として生きる」
「性転換して子供の産めない女性として生きる」
しばし、本屋の店頭で考えた。もしも、俺の息子がそうなったら、どちらを選ぶか…。
正に究極の選択。わからない…。意思能力のない幼児であるから、結局は親の判断が全てで、それは、イコール自分自身がそうなったらどうするかという判断基準に委ねられるであろう。
敢えて選ぶなら、女性化を選ぶかな…と思ったら、その両親もそうしたみたいで、その子は紛うことなき女の子としてスクスク成長したそうなのだが、思春期に女としての自分に違和感を覚え始める。胎内期にインプットされた性は男だったからだそうな。正に2段構えの性同一性障害であり、悲劇以外の何者でもないだろう。

人生に於ける「究極の選択」
本当に決めかねる岐路に立たされることは、そう多くはなかったけど、これからも来るかもしれない。しかし、結局は決めないと仕方ない。決めずに逃げるとThe End。決めてしまえば何はともあれ転がっていくだろう。先の子供も悲劇だが、あれの無い男として生きるよりはマシな気もする。
俺は宣言する。「もう迷わない」そして、これからは「カレー味のう○こ」を選ぶと…。

息子のことだが、いじくってて黴菌が入っただけだった。但し言われた。
「この子、皮長すぎやなあ、今度切ろか」
遺伝という言葉が脳裏に飛来し思わず股間を隠したくなった。不憫だ…。
2003年8月4日
崩壊
昨夜の午前2時半から現在翌日の午前1時15分ですがずっと寝てません。このあと2時半から又仕事でこのままでは恐らく40時間以上のインソムニア最長不倒記録になるでしょう。おもろすぎです。しかもゲロ吐きそうに酔ってます。はっはっは。『ダウン』は傑作ですな。はっはっは。ムカつきます。社長のあほんだらが。女房怖い。プリプリお尻のミニスカート。壊れました。ではさらば。 
2003年7月29日
終末観
注:本文には映画「ターミネーター3」のネタバレがあります。

核による「End of the World」
64億人の殆どが死に絶えた後、生き残ってしまうことへの絶対的な孤独感。
ぞっとするほど絶望的だが
ほんの少しだけ甘美な魅惑を感じる。

渚にて」の潜水艦の乗組員たち。
博士の異常な愛情」の作戦室の人々。

映画や小説は、何故に「残された人々」を繰り返し描こうとするのだろうか…。

俺は思う。
こういった一種の「終末願望」とでも言うべき何かが人々の心の奥底に内在する限り、核は廃絶できんのじゃないかと…。

ターミネーター3」という映画は「何とかなるさ」と言う楽観論から最も隔たった地平に立った映画だと思う。そういう意味で、最近の同じ核を題材にした「トータル・フィアーズ」の能天気さとは真逆。シュワちゃんの脱力ギャグの心地良さや圧倒的な個対個のバトルのダイナミズムと等価に終末観の意外な真摯さに打たれる映画だった。
2003年7月23日
パーキングエリア
仮にも「総裁」との肩書きを持つ爺いが、手前えの公団の貸借対照表も見たことがなく、やばいかなと思って「お勉強会」で部下に作らせてみたら、当たり前だが大赤字で、何だか、おっかなくなって、「ぼーく知らなーい」と知らんぷりを決め込んだが、周りから「そうもいかないよ」と言われ、「だって、ぼーく本当に知らなかったんだもん」と言っている。
知らぬことが、赤恥とも理解できないらしい、クソ害虫は、とっとと表舞台から抹消されるべきだし、一族郎党孫子の代まで呪われて然るべきである。

大体、50年弱の間に外食産業が、凄まじい淘汰を繰り返し残るべくして残った、その恩恵を日常で我々が享受し得る今日、あの悪名高きパーキングエリアの「うどん」や「ラーメン」や「カレーライス」のクソ不味さたるや、何たることであろうか。
とっとと「マクド」や「ケンタ」や「ミスド」や「ガスト」「バーミアン」「サイゼリア」「吉野屋」「なか卯」「松屋」とかに開放すべきである。

注:あくまで例示であって上記の店が殊更好きなわけではない。
2003年7月22日
流行歌
聞いた風な流行に紛れて
俺の目当ては流さていく
安いカストリ酒みたいで
レジの姉ちゃんに悪い

ひどいもんさ生臭坊主
チャンラーメン餃子付
俺は我慢したのさ
バイアグラ頼み

昔の流行り歌が最近、妙に頭について離れない。半分馬鹿にしていた歌がヤケに良く聞こえたりする。

コンビニの棚の上で新商品が1ヶ月生き残るのは至難の業らしい。ちょっと気にいったかなと思ったジュースやラーメンやアイスクリームは瞬く間に姿を消していく。
加速されていく流れが永遠に加速し続けることは決してあり得ない。
虚しき浪費の渦に巻き込まれ数少ない本当にいいものも流されてしまうのであれば最後は何も残らないだろう。

アイスキャンディ「ガリガリくん」のコーラ味とホワイトサワー味の復刻を希望する。
2003年7月18日
焦燥
昨日の月曜の朝、本店に用があって電話したら誰も出ない。仕方ないから部長(年下)の携帯に電話した。
「…ふぁあ…何?」
「何って…」
「ああ言ってなかったっけ…昨日から社員旅行で今帰りのバスん中よ」
「はあ?…」絶句してしまった。
そして相手も瞬時に状況を認識したらしい。明らかにヤバいこと言っちまったと感じてる波動が電話回線を通してもヒシヒシと伝わって来た。
「あっ…言ってなかったっけ…」
「…いやあ、当然っすよね。俺はこっちの人間っすから」
「そうよ、あんた、もう、そっちの人間なんだからさっ」
「…あっ、そ、そうだったんすか、いやあお疲れ様です…急ぎでもないんで又」
電話を切って状況を把握せねばと思った。
昨年、出向させられた身とはいえ俺は、一応、本社の社員旅行にも呼ばれた。
しかし、今年は声さえかけられなかった。
つまり…俺は切られようとしている…のか…?
まあ社内旅行なんて大した問題でもなかろう…と思いつつ昨年の京都は嵐山のコンパニオン侍らせまくりの酒池肉林が懐かしい…今年は何処に行きさらしたんじゃあ…おんどれら…冷たいやんけ…ちゃうって…そんなんどうでもええ…
走馬灯のように我が脳裏に去来する様々な思い。

先週の新聞でボーナスの平均支給額が上がったとの記事があった。上がろうが下がろうがどうでもいいが、手前のボーナスと平均値の違いが問題。
「俺のボーナスめっちゃ少ねえ…」

思えば長引く失業期間の緊急避難ですべりこんだ会社じゃなかったか。何か知らんまに2年もズルズル居つづけてるけど何してるんやろう。男42歳。女房1人とガキ2匹とローン大量保有。あかんぜ、このままじゃあ…はっはっはっ…。

やにわに新聞の求人欄見て電話ボックスに飛び込んだ。説明会の予約入れた。かけ終わって外に出て都会の喧騒に背を向け一人呟く
I'll be back…ふっ
全然、前後と脈絡のない言葉だが元気が出た…か?…出るかよ!
2003年7月15日
玉手箱
何を思ったか呪縛の如くに脳裏に去来する「根性」という言葉に囚われて、よせばいいのに、オールナイトで3本立ての映画を見に行ってしまった。
これをすると失うものが多い。会社の人々と家庭の人々の心に要らぬ猜疑心と不信感を植付け(家庭でも会社でも私は映画なんぞに全く興味が失せ何年間も映画館なんぞには行ったことがないということで通している)、寄る年波から以降の数日間は疲労がとれず白昼夢の世界を彷徨することになる。
しかし、どうも3本立てというのが曲者で、聞いたことも予備知識もない映画を見てると、ごくたまにだが玉手箱のように思わぬ拾い物に行き当たることがあって、そういう経験をなまじしてるものだから、忘れた頃に足が向いてしまうのだ。
…で、昨晩、大阪は飛田の薄暗き闇に身を沈め鑑賞した作品は『バッドボーイズ』『ダウン』『アウトライブ』の3本。クソが1本と寝ちまって30分しか見てないのが1本…でも、もう1本はすっごく良かったです。
こういうのやめらんわ…やっぱ。
2003年7月12日
仇討
眼には眼を、歯には歯を…
残虐な殺人事件が起こる度に何百年にもわたって人々の口辺に立ちのぼる古代ハムラビ法典の余りに有名な復讐法の一節。
論旨は明快で、この論理で全てを括れたら簡単ではあるが、そうもいかない訳もある。
全ては、何百何千万という事象をたった1つの法律で「線引き出来ない」という1点に尽きるのであり
責任能力の有無」「故意か過失か」「動機の必然性(情状酌量余地)」…どれも一概には線引きできない。

今回の中学生による4歳児殺しで問われる「責任能力」の線引きも無意味で徒労だ。18歳を16歳に、そして今回の事件を機に14歳にしたってどうなるというのだろう。今後、もし小学生が赤ちゃんを殺したらどうなるか…。
社会的背景に責を求めるのも同様に虚しい。仮に心理的動機付けがもっともらしく解明されたとしても、その社会的背景を抜本的に変えることなど誰にもできないと思うからだ。

法治国家という言葉で括りこめ、強制的に千差万別の国民感情を1面的なモラリズムに押し込めることは最早時代にそぐわなくなっているのではなかろうか。
裁量権をケースによっては個に解放すべき時代なのではないのか。

江戸時代の「仇討ち制度」の復活を希望する。
殺された子供のご両親は件の中学生のガキを思う存分いたぶって殺していいと思います。勿論そうしたけりゃの話なんですが…。
2003年7月11日
シティ・オブ・ゴッド
注:本文には映画『シティ・オブ・ゴッド』のネタバレがあります。

映画を撮るなんて野郎は、さしづめインテリなんだろうから、本当に壊れてる野郎はいないだろうし、もし本当に壊れてたら撮れないだろうと思う。映画を撮るというのは、その程度には戦略的ロジックを要するものだと思うからだ。
そういう意味で、『イージー・ライダー』のホッパーも『ワイルドバンチ』のペキンパーも『ピンク・フラミンゴ』のウォータースも、映画中の主人公と並行する生を生きると見せかけ、その実は多分に戦略的なのだと思う。そして、そういったポーズさえにも腰が引けてしまったなら、自分を仮託できる登場人物がいないと身の置き場がないのだろう。
だから、アナーキーアウトロー群像を描いて、それを「まともな」登場人物の見聞として描く手法は、正直ぬるく感じられる。『ゴッドファーザー』や『グッド・フェローズ』のような浸かりきったアプローチを知っているからこそ尚である。
とは言っても、この映画の16ミリをデジタル処理したというケレン満載の語り口やイタリアンネオリアリズムもかくやの多くのロングショットの臨場感は圧倒的だし、殺される子供と殺す子供を描いて、現代のモラリズムを地べたに叩きつける様には確かに一線を越える決意が伺えた。

「Cinema Scape」の1日も早い復活を祈願して…。
2003年7月9日
アカルイミライ
「は~あ~あ~昔は良かったのお」
←これが余り言ってはいけない言葉だってことは誰でも知っている。
一方
「明日になりゃあ~何とかな~るさあ」
←これは楽観論者には受けが良いだろう。現状に悲観する姿勢が前者ほどは感じられないからで、お気楽に、のほほんと、何だか余裕感すら感じられる。正直、俺も結構、口にはせぬものの心の中では使っている。
しかし、煎じ詰めれば「逃げ」以外の何者でもない。

日経平均が10ヵ月半振りに1万円台を回復し、阪神タイガースにマジック49が点灯した、恐らく2003年を象徴することになりそうな1日。7月8日の某新聞夕刊を眺めるでもなく眺めていて目に入った経済学者の樋口悠紀雄氏のコラム。
映画『「明日に向って撃て!』の著名な自転車のシーンを絶望的なラストと対比させながら、それが刹那な煌きであると言うことは、後になってわかるのであり
「今が生涯最良のとき。だから明日まで待つ必要はない…と常に感じられる能力」
を人は身につけねばならない。そして、それは努力で身に付けられると氏は言っている。
そうだ!その通りだ!…と思った。思わず投票したくなった。
人は過去を振り返りもせず未来に過度な期待を抱くこともせずに、今日を生涯最良の日と思い1日1日を生きていくべきなのだ。それこそが充実であり、結果輝く未来への道標なのだ。

…って言っても言うほど簡単じゃないけどさ。
2003年7月9日
新ポエム
     惜別

桜の散る頃に君はやって来たね
最初は戸惑いながら
お互いを解り合おうとしたよね

あの朝、未だ明けやらぬ静寂の中で
僕たちが一体となったラジオ体操…
ああ…寝てばかりいた君
訳もなくグルグル回り続けた君
喰ってばかりいた君
トランポリンばかりしていた君

もう疲れたのさ…ぼくは
君のことは忘れるよ…
さらば、My Lovely Fellow
安らかに眠れよ…

     今は亡きハーボットのばーぼん君に捧ぐ…
2003年7月7日
ポエム
   渡り船

          作詞 悪悠
          作曲 包京平
          唄  今林旭


 流れ流れて幾千歳
 倦んで転げた人生の
 やむにやまれぬ男泣き
 涙で濡れた大きな目
 思い振り切り一人行く
 そうよ俺らの又の名は
 大阪飛田渡り鳥
 ひゅーそろーひゅーそろー

 眠れぬ夜の月光り
 明りを灯けるなおっかさん
 二度とは戻らぬ夜行船
 霞んだ瞼に映る夜に
 包む夜霧の懐かしさ
 そうよ俺らの又の名は
 神戸福原渡り鳥
 ひゅーそろーひゅーそろー

 恨みを棄てて生きようと
 誓った言葉の虚しさに
 生きとし生ける諸行無常
 いつかあいつの足元に
 叩きつけるぜBIG MONEY
 そうよ俺らの又の名は
 京都祇園渡り鳥
 ひゅーそろーひゅーそろー
2003年7月4日
功徳
先月の初めに、東京にヤボ用で行き、親類とこ泊めてもらった帰りに、パチンコやったらフィーバーして2万円儲かっちまって、時間余ったから、一度、府中で競馬ってのをやってみようかと思い、9Rのロベリア賞っちゅうので、単勝っちゅうのを2万円買ってみたら、120万円になっちまって、おっかなくって安田記念ってので全額アグネスチャンじゃなくってデジタルいうのを買えるだけ買ったら1200万円になっちまったのよ。
こりゃあ、なんぞ悪いことの前触れかと思って、新橋の馬券売場で又、競馬やてるっていうから、ミラクルたらいう馬券に、全部変えたのよ、あーすっきりしたと思ったら、びっくらこいたことに1億9000万円になっちまった言うでねえかよ。
そんな、あぶく銭は身につくはずもねえから、税金払って、残りは、大阪で苦労してる、昔の恩人に全額渡して帰ってきたよ。
あーすっきりした。やりなれんことするもんじゃあねえよ。せいせいした。

えっ?大阪の恩人?
うん、おいらが死ぬ思いで泣いてたときに、ただ一人助けてくれたのが、その人さ。
名前…言っちゃっていいかな。
…けにろん先輩って人なんだけど…。

とまあ、いつかは、こういうこともあるかも知れない。
いいことしとけば…。
2003年7月1日