男の痰壺

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ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:Q

★★★★ 2020年12月23日(水) 梅田ブルク7シアター5

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いったい何がどうなってん、私は誰?ここは何処?状態で置いてけぼりにされる。

まあ、回収されたシンジのおかれた状況も同じみたいなので、ああ、おんなじなんやと少し安堵し、シンジが世界と同期するのと合わせて俺も入り込めるんやろと思ってましたが、ずーっと置いてけぼりでした。

 

「序」と「破」はある程度原シリーズに沿った展開だったらしいが、これは大幅に離脱してるらしい。何より新たに一から作り上げられた画面のクオリティは前2作を遥かに凌駕する。

冒頭、闇の中に光がゆらめき接近したそれが宇宙ステーションの形状を露わにする。大したハッタリで掴まれる。

 

キャラの変貌も激甚で、特にミサトはミニスカをやめて顔も軍帽に隠れる始末。いったい何があったか知りませんが、昨日の味方は今日の敵状態みたいなんだけど、使徒との戦いを基軸とした前2作は何やったんでしょうか。

卓袱台返しに近い急旋回。

 

カヲルなる野郎がでてきて、哀れシンジは馴染みある仲間たちをのもとを離れてカヲルの方に。そこには、綾波の亡霊みたいなのや父親も。はあ、なるほどこういう対立軸が入れ替わる話かと合点がいきかけるが、又もやの「シンジ君おやめなさい」を振り切っての暴走が災厄をもたらす。

もう全くのチンプンのカンです。

 

ラストシーンは、大戦局から辺境への舞台移動。終局へ向けての閑話休題。冒頭と呼応する映画的なオーソドキシー。

で、次は見るのか?

しんどそうなので、見たい気持ちは減衰したが、最後やし見るんでしょう、多分。

 

飛躍的に向上した技術クオリティでカマされる冒頭のハッタリと、呼応するかのラストのサバけた余韻。映画たろうとすること素晴らしき哉なのだが、変貌し放逐されるキャラ群の奔流に置いてけぼり食らう。シンジも一緒やんの安堵も束の間カヲル登場でド混迷。(cinemascape)