男の痰壺

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野性の少年

★★★★★ 2017年9月18日(月) プラネットスタジオプラス1
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産まれてこの方、社会的関係性を断絶された少年の関係性を回復させる試みという点で「奇跡の人」と相似。
なのだが、スパルタのサリバンに対しイタール博士のやり方は冷静で実直で慈愛にあふれる。
いちいち出来事への考察を記録する描写が繰り返されるのが映画に或る種の静謐なリズムを付与している。
この役をトリュフォー自身が演じたのは正解だった。
 
子役の身体性も完璧だ。
冒頭、野性生活を送る彼が四つ足で森林を駆け回るのが全く嘘っぽくないのに驚愕する。
今の時代に、これを演れる子供はいないだろう。
 
総じて忍耐と苦渋と絶望の連続なのだが、それでも挫けそうになりながらも一縷の希望を繰り返し喚起する。
そこで共闘者としての家政婦の立ち位置が意味を持つだろう。
トリュフォーの喪失されたマザーコンプレックスがこういう人間関係に奇しくも表出されたように思えるのだ。
 
アルメンドロスの撮影が完璧なのは言うまでもないが、更に特筆なのが19世紀初頭を表現した美術と衣装。
アイリスの多用も、この映画の説話性にフィットしている。
 
実直な博士が考察を記録する静謐なリズムと四足歩行を物にした子役の身体性に加え忍耐の連続を見守る家政婦の共闘者としての立ち位置が表出する喪失されたマザーコンプレックス。19世紀初頭を再現した美術と衣装と撮影。アイリスも映画の説話性にフィット。(cinemascape)