★★★★ 2023年6月7日(水) TOHOシネマズ梅田8
筒井真理子が腹に一物ある無表情女を演じる点で深田晃司の映画と表裏な印象を免れないが、これはこれで力作だと思います。荻上直子の初期の「かもめ食堂」とかの一連のホンワカ(?)作を全く見てないので、作風の変化については言及する術はありません。
しかし、女性作家が女の嫌な面、浅はかな面、それでも優しい面を丸ごと呑んだ上で、でも女って強いのよ!と高らかに宣言した作品で、ある種の開き直りのようなものを感じました。
何もかもが嫌になって家族を放っぽらかして出ていった夫が何年かして帰ってきた。よう帰ってきよったなの強心臓だが帰ってくるには理由があった。
【以下ネタバレです】
彼は不治の病に犯されていて治療費が要る。親父が死んで遺産がなんぼかあったはずだ、とまあ恥も外聞なくノコノコとという次第なのだが。
出す出さないをめぐって、あれこれあって、最後に親父がしみじみ息子に言う、「あー、もうしんど、俺とっとと死ぬわ。」
ギャグみたいだが万感のこもった述懐であり、俺も死ぬ時はこうありたいなと思える素晴らしいさばけ方て、荻上演出も切って棄てるように「まもなく親父は死んだ」の一言で済ませている。女にとって夫の死なんてその程度。けっこう毛だらけ猫灰だらけっす。
主線の話に主に3つのサイドストーリーがからむ。彼女がのめり込む新興宗教、職場のスーパーと同僚おばさん、息子が九州から連れてきた彼女。それぞれキムラ緑子、木野花を配して盤石の容量だが、難聴をもつ息子の彼女の発声の特殊さに不意をつかれた。調べたら本当に難聴の津田絵里奈という女優さんだそうだ。昨年の「LOVE LIFE」砂田アトムにせよこういう役者たちを登用しようという姿勢がもっとすすめばいいと思う。
家族間の距離感や会話などもリアリティを感じさせるものであったと思いました。
相当に奇矯な女を主人公としながら亭主や息子や同僚女性などの地に足ついたリアリティが世界をこちら側に引き止める。そういうバランスの中で女の嫌な面と優しさを呑んで熟して丸ごと肯定するようなラストには男は平伏すしかない。とっとと死ぬわは男の本懐。(cinemascape)