男の痰壺

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ユリゴコロ

★★★★ 2017年9月27日(水) 大阪ステーションシティシネマ
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原作未読。
【ネタバレがあります】
 
冒頭10分で主人公の少女時代が描かれるが、その凡庸さに観るのやめたくなった。
「頭のネジが外れてる」と自己分析する異常者を、ああいう如何にもな演出でしか描けないんじゃダメと思う。
 
以下、違うんじゃないかと思う点を2つ。
 
先述のように、生来の異常性格であって、後天的に何かのトラウマによって異常になったわけではないらしい。
なのに、無償の愛らしきものを提示する男との出会いによって、女は改変される。
松山ケンイチは好演だと思うが、彼は一種の虚無感でそうなっているという後付がされる。
こんなんで改変されるのか…?という疑問。
「白痴」のムイシュキン侯爵なみの無垢の絶対性がないと生来の異常に抗し得ないような気がする。
が、しかし、そうすると、物語の肝心の仕掛けは施しようがないというジレンマがある。
 
殺人シーンは幾つか出てくるが、彼女は殺人マシーン的技量を弄するわけでもない。
素人に毛が生えた程度の処方であって、身体的にも普通の女性。
であるならば、終盤出てくるヤクザ事務所に単身乗り込み数人を血祭りに上げるってのがあり得ない。
 
とまあ、脚色上の怠慢はぬぐい難いのだが。
一方、ネアカ系キャラの吉高が、どうやって底が知れない人間の暗部を表現できるのかってのが、興味を一応持続させた。
よく演ってる思います。
過剰じゃないのが良いです…はい。
以上。
 
頭のネジが外れてると自己分析する女が改変されるに絶対善性のようなものを対置させる凡庸は未だしも結局それはそうでなかったという済崩し展開が論理の欠片もない。だが女は須らく非論理に生きてるのだし吉高は好演だと思う。ダムの愁嘆場はその結実だ。(cinemascape)