男の痰壺

映画の感想中心です

帰れない二人

★★★★ 2019年9月18日(水) シネリーブル梅田4

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2001年から2017年。

山西省から重慶新疆ウイグル自治区から山西省

とジャンクーが拘る時間と空間が移ろう構成になっていて、その中で劇的に変わり行く中国の様相が点描される。特に重慶・奉節の場面が空撮で始まるのだが、その開発された部分とされない部分の隣接する様相はちょっとすさまじい。

 

前半が、2人が若いころのブイブイ言わせて怖いもんなしの時代なのだが、この部分に関しては圧倒的に素晴らしい。

ディスコのシーンで「ヤングマン」中国語バージョンに乗せて踊り狂う人々や、石井明美の「CHA・CHA・CHA」中国語バージョンで社交ダンサーがキレキレで踊るシーンなどジャンクー日本歌謡どんだけ好っきゃねんと思うのもあるけど、その異様な長さが狂熱の時代を表出して圧倒される。

 

【以下ネタバレです】

このあと、ある事件から2人は収監されて、数年の歳月が経過するのだが、男は1年の刑期で出てるのに4年もブチこまれていた女の出所に迎えに来ない。っていうか、面会にも来なかった。で行方不明。

このあたりで、映画は俄かにアントニオーニ的な不条理の様相を帯び始めるのだが、どうも捌きが上手くいってないんじゃなかろうかと思った。

特に、やっと男の居場所を突きとめて奉節まで向かった彼女なのだが、その数年ぶりの邂逅の瞬間が描かれない。そういう常套な段取りを陳腐として退けたのかもしれんが、それでもそこは、この映画の最大の肝ではなかったのかと凡人の俺は思っちゃうんです。

その後、仮眠所みたいなとこで男が述懐するシーンも、内容はともかく画的に力がない。

 

そのあと、まあいろいろあって2人は一旦は一緒になるが、結局男は去るんです。

去った男を追わずに無言で立ち尽くす女を監視カメラのざらついた映像が見つめ続ける。突き放された愛の不毛。ラストはやっぱアントニオーニだと思った。

 

近代化が進む都市群と逆行するかのように2人の狂熱の時代は過ぎて朽ちていく。その巨視的概観のロマンティシズムは絶品。だが、邂逅の瞬間を描かない矜持は終局の『男たちの挽歌』的顛末と相反する。ラストのアントニオーニな詠嘆が顕す愛の不毛は熾烈。(cinemascape)