男の痰壺

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ふつうの子ども

★★★★  2025年9月9日(火) テアトル梅田4

ふつうの子ども – アップリンク京都

小学生のクラスを描くのに、ドキュメンタルに実際にあるクラスの少年少女を撮る場合と、全員を子役で揃えてクラスを誂える場合があるんだろうが、大方は後者であろう。だって、そっちの方が楽じゃん。

でも、何だかクソ生意気なガキ役者どもばっかのクラスでは明らかにおかしいので、演出者はリアリティを持たせる為に、人選・リアクション付けや時にはアドリブ誘導とか色んなことをやるのであろう。

本作は後者らしいが、監督の呉美保が子育てで小学生の子どものリアリズムに間近に慣れてきたこともありすごく自然である。冒頭から虫を採る子どもたちを活写して一気に引き込まれる。カメラを意識しないレベルでなく各人が自己世界に没入している子どもならではの世界が具現化されている。

 

物語は主人公の少年が惚れたクラスメイトの少女が、まあ言ってはなんだがアンタッチャブルな女だったことによる一騒動。環境オタクはそれはそれで正しいのだけど、彼女は得られない何かの代替としてそれにのめりこんでいる。見ていて連合赤軍の永田洋子がダブったのは俺だけだろうか。少年たちは彼女に扇動されて軌道を外していくのだ。

この骨格が「ふつうの子ども」と題された映画の背骨としては些か重いように思えた。ある意味で大人の合せ鏡ともいうべき役割を子どもに仮託する悪意。それを呉美保は映画に投影する気はないであろうし、そんなことしてほしくもない。しかし、残念ながらその辺が作品としては、どうしたってハンパに感じられるのである。

 

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