★★★★★ 2026年3月2日(月) 大阪ステーションシティシネマ8

冒頭、何処ぞの誰かの公開絞首刑とそれを見物に集った人々の下卑た反応が描かれる。本筋には関係ないシーンだが、観客に時代と当時の価値観を叩き込むに充分なインパクト。少女時代のキャシーとネリーが走り回る荒野の景観も必要充分な過酷さを想像させる。「嵐が丘」とはそういう荒々しい時と場を背景とした物語。
突き抜け切れないフェミニズムの悶々にうんざりさせられた「プロミシング・ヤング・ウーマン」のエメラルド・フェネル監督作だったが、本作に於いては剛力とも言える猛々しい確信の演出を見せている。驚いたし見直した。
エミリー・ブロンテの「嵐が丘」が映画化されるのは何と今回で8度目みたいである。俺は1個目のウィリアム・ワイラー版を見てしょーもなく思い以降見てないので今回は新鮮な気持ちがあった。煎じ詰めれば「三つ子の魂百まで」って話で、昔ファンだったケイト・ブッシュがデビュー曲「嵐が丘」でヒースクリフヒースクリフ🎵と情熱的に歌ってたことを思い出した。なのではあるが、女の情念もだが、寧ろ映画の印象は男の未練たらしい思いの方が強烈であった。そのへんはやはり男性嫌悪の底意地が漏れ出てる気がした。
為さぬ恋の物語が、格調と筆力を伴い語られ詠嘆をもって閉じられる。衣裳やロケセットの豪奢も十全で、題材の好みを超越して屈服させられる点で、例えばヴィスコンティの「夏の嵐」なんかが思い浮かんだりした。力作だと思う。