男の痰壺

映画の感想中心です

おもひでのしずく (2009年2月5日 (木))

※おもひでのしずく:以前書いたYahoo日記の再掲載です。

 

日常における映画的記憶

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その1

数年前のことだが、突如晩に高熱が出て、何の熱かわからないことがあった。
翌日、首のリンパ腺が腫れて気づいた。
「歯や…」
気が進まなかったが歯医者に行った。
「親知らずの隙間にバイ菌が入ったんやな、薬入れとくけど、腫れ退いたら親知らず抜いた方がええよ。いやねえ、君の親知らず横向きにはえてるから同じこと何度も起こるよ」
普段の俺なら「はあ、また今度…」とか言って誤魔化すのだが、1年前にも別の歯医者で同じことを言われたので、潮時だと思った。
「抜くの大変なんでしょ?」
「そやね…歯茎切開してちょっとずつ引っ張って削っていくしかないねんけど、なに小1時間ですむよ」
「痛いんちゃいますん」
「少しは痛いけど、まあ麻酔するしね」
1週間後、仕事を早めに終えて夕方6時に歯医者に行った。
で、終わったのは8時を回っていた。
医院の診療時間が終わっても俺の施術がなかなか終わらないんで、他の医師や看護婦が取り巻いて俺を見ていたほどだ。
俺は脂汗と涙でぐしゃぐしゃになりながら必死に頭の中である映画を思い浮かべていた。

「俺のこんな痛みなんてキリストさんにくらべたら、どうってことないやんけ…」

実は数日前にメル・ギブソン監督の一大サディスティック拷問映画『パッション』を見ていたのだ。
歯科医院を出た俺には街が灰色にかすんで見えた。

 

その2

数年前のことだが、マンションの自治会の役員になった。順番に回ってくるもんだから仕方がなかったのだ。
で、ある日曜日、消防訓練があった。
正直、それまで、そういうことを毎年やってることさえ知らなかった。
当然、参加したことなんてない。
段取りは、午前11時にマンションの非常ベルを一斉に鳴らし、住人たちが建物前の駐車場に避難してきたところで、消防局の人の指導のもと消火器噴射の実地体験をするのである。
俺たちは、10時半ころから待機し、11時になるのを待った。
11時。役員の爺さんが3階の手すりから顔をのぞかせた。
「いくでー」
爺さんがベルを鳴らす。
大音響がマンションに鳴り響く。
俺はわくわくしながら各戸の玄関を注視していた。
正直、3分の1くらいの家からは厭々でも人が出てくるもんだと思っていたのだが…。
シーン
誰1人出て来ない。
いや、出てきた!…と思ったら俺の家から小学生の息子たちが出てきただけだ。こいつらは絶対来いと言ってあったから来て当然だった。
1分後、再度ベルを鳴らす。
今度は、2,3軒の家の扉が開いた。
結局、数家族が参加しただけで、いくら個人主義的風潮が蔓延した時代とは言え…嘆かわしい!
と、自分も1度も参加したことないくせに思ったのだ。
そして、思う。

「ここに参加した少数の家族だけが生き残るのだ。お前ら家の中から出て来ない奴ら!マストダイ!」

そう、俺と数軒の家族はジーン・ハックマンを信じて生き残った『ポセイドン・アドベンチャー』の主人公たちなのであった。

その3・4へ続く…かも