★★★ 2025年3月20日(木) テアトル梅田2

奇天烈ワールド巡りってのは得てしてアイデアに窮した映画作家が陥り易い陥穽であり、自分の妄想を普遍化のせめて一歩手前まで熟せればともかく、往々にしてパーソナルな繰り言を生煮えで出されて閉口させられることが多い。最近でも「ポーはおそれている」なんてのがありました。
その点本作は、現在アメリカの、分断どころか破砕してしまい多様な極論が跋扈する様を描こうとしてるらしい。そこに於いてパーソナルと対極の社会性を帯びてるんじゃないか、との期待があったんですけど。
カメラマンのショーン・プライス・ウィリアムズの初監督作品とのことだが、哀しいかな彼の撮影した映画1本も見てません。本作も結局、彼がカメラを回したみたいで、16ミリフィルムへの拘りとか素材としての断片を撮る作業は熟せてるんでしょう。(ホンマか?)しかし作品世界を構築する監督としての度量には疑問を持ちます。ぶっちゃけやっつけ感が拭えません。
【以下ネタバレです】
中盤で、Qアノンみたいな陰謀説論者やネオナチといった極右と、対する極左の活動家たちといった末端の過激分子が、何かの些細なきっかけで大殺戮の銃撃戦に至る、というのは設定として素ン晴らしいんですが、如何せん限りなくチープ。
その場を逃れた主人公のリリアンは、イスラム原理主義のコミューンに匿われたのち、何とか家に帰る。ホッとしたのも束の間、何やらテレビで映っている。それは黒沢清的な終末絵図であった。
とまあ、考えてみれば、ここらあたり、対立構図を生む根っ子の部分にまでは迫れていないにせよ、それでも現在アメリカの風刺として傑作脚本なんじゃないかと思わせますなー。でも、演出がついていけてないのが残念だー。
ショーン・プライス・ウィリアムズ。気骨だけは買いたいと思いました。
対立構図の根の部分にまで迫れてないにせよ現在アメリカ風刺として傑作脚本なんじゃないかと思う。Qアノンとネオナチと極左が些細な切欠で大殺戮の銃撃戦に至るというのは壊滅的に素晴らしいが、如何せん限りなくチープ。そして又かの黒沢清的終末絵図。