男の痰壺

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シン・エヴァンゲリオン 劇場版𝄇

★★★ 2021年3月9日(火) TOHOシネマズ梅田3

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冒頭のパリでの見せ場が、全く意味不明の映画的な牽強付会ハッタリズムで素晴らしい。これは「Q」と同じである。

が、素晴らしいのはそこだけであった。

 

この半年で新劇場版3作を見たのだけが、俺の知り得るオールアバウト・エヴァという初心者であるから、長い歴史の中で庵野が惑い煩悶した挙句のこの帰結に、ご苦労様というほどの共闘意識はない。

「Q」が提示した無限の混沌と絶望にまみれてシンジ君はイジイジと死んでしまえばよかったのに。それこそが、この物語の決着の付け方じゃないでしょうか。

 

それなのに、あろうことかそんなんもあったっけと忘れていたシンジ・ゲンドウの父・息子の確執が持ち出され、そこで明らかにされたゲンドウのイジイジ過去。そんなオタッキーおいらに唯一手を差し伸べてくれた嫁フォーエバーな今更の述懐は、シトが都市を、なんとかインパクトが国家を破壊し尽くしたこれまでの世界観とは不均衡に過ぎる。

最後だから帳尻つけるにしても、何から何までつける必要もないわけで、アスカの過去挿話なんてのも余分でしかない。

 

前半「第3村」に行き着いた3人の平穏な日々に相当な尺を使っていて、これはシンジの自己回復と複製レイの自我の萌芽を描くに妥当とは思われるし、一方で抑圧されたカタルシスへの希求がマックスまで高まる常道の仕掛けで納得です。

で、シンジ君は無事、回復してヴンダーに搭乗して発進!最終決戦ヤマト作戦よと相成るわけだが、あとは、シリーズの帳尻つけるのでいっぱいいっぱいだった気がします。

カタルシスの抑圧は何一つ解消されませんでした。

 

遥か彼方まで延伸・拡散するかに思えた『Q』の顛末が急転回して『序』へと収縮していく竜頭蛇尾。第3村での長い顛末は後半の起動に関与せず帳尻つけるのにテンヤワンヤで、挙げ句に愛する嫁フォーエバーではシトやインパクトで失われた魂は立つ瀬がない。(cinemascape)