男の痰壺

映画の感想中心です

ジョー

★★★ 2019年8月12日(月) プラネットスタジオプラス1

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1970年のアメリカ映画だそうな。

前年の1969年には「イージー・ライダー」「真夜中のカーボーイ」「明日に向かって撃て!」「ワイルドバンチ」が公開され、映画ジャーナリズムはまさにアメリカンニューシネマの怒涛の攻勢に興奮の坩堝と化していた時代。

そんな時代に、こんな映画よう撮ったよなって思う。

だって、これは、「イージー・ライダー」でニューオリンズから南部を行く彼らを「長髪のカマ野郎が」と怨嗟の目を向け追っかけてライフルぶっ放してブチ殺した、あのおっさんどもみたいなのが主人公なのだ。

日本でも公開されたが、華やかなニューシネマの陰で、ほとんど黙殺されみたい。

 

バリバリのレイシストで反リベラルで低賃金の工場労働者で銃のコレクター。

しがないバーで酔って呪詛のようにグダグダ文句を言う毎日。

そんな、自分では何もできなかった彼が、ある出会いから転がり始める。

なるほど、これはT氏が言った「タクシー・ドライバー」の源流に位置する作品だってのは正しいのだと思う。スコセッシがこの映画の主演のピーター・ボイルをトラビスの仕事仲間で登用してるのも、仰せのとおりその見方を担保する。

 

もちろん、そんな彼に肩入れする単細胞な反動映画ではないのだが、華やかなヒッピームーブメントの一方で、アメリカの内面史では、間違いなくこういう人々も少なからずいたのだろうというのがわかる。

トランプが覇権を握る今をあらためて考えさせられるのだ。

 

監督のアビルドセンは、80年代に「スター・ウォーズ」と並んでハリウッドの反動回帰の立役者となった「ロッキー」を撮る。

後に「テルマ&ルイーズ」や「デッドマン・ウォーキング」で姉御肌の堅物姉さんと化するスーザン・サランドンが華奢でパープーなヒッピー娘を演じてオッパイを惜しげもなくポロリしているのも貴重です。