男の痰壺

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殺しの分け前 ポイント・ブランク

★★ 2025年7月14日(月) テアトル梅田3

昔からこの映画の評価が高いことは知っていたので、今回の再公開を大層に期待して見に行ったのだが、やはり経年劣化は避けられなかった。落胆した。

同じ原作が後年「ペイバック」のタイトルで映画化されて、あんまり覚えてないけどかなりの傑作だった記憶がある。

 

仲間の裏切りにあって仕事の分け前を分捕られた男の復讐譚なのであるが、恨みを晴らすというより、とにかく約束なんだから取り決めた分け前よこせや、ってのが男の行動原理であり、そのへんが、感情よりロジックの乾いた味わいな訳(筈)である。だが「ペイバック」では、ロジカルに乾いた風味が激アツなメルギブを介することにより程良いオブラートが処されていたわけである。

本作はヌーボーとしたリー・マーヴィンが主役なので、何考えてるのやら分からんし、それを補う為のクドいフラッシュバックが頻繁に使われて極めてダサい。なのに相変わらず何考えてるやらなので気持ちの寄せようがない。

 

復讐する気もないのに、何かの拍子で因縁ある奴らが次々死んじまうのも、オモロいと言えばそうなのかもだが、ブアマンの演出も、そこに諧謔的な何かを見いだそうとはしてない。なので何だか煮え切らない。

 

主人公を裏切ったイロの妹がアンジー・ディキンソンで行きずりで主人公に協力する。だけど、あっさり途中退場。この使い方も意外性があっていいのだけど、全般ダルい展開の中では今一山椒の薬味になり切れていない。ソダーバーグが本作を好きなんだそうだが、わかる気もする。だけど、俺ならもっとと思ってるに違いない気もする。

 

裏切りの復讐譚は恨み晴らすより約束履行の要求。その感情よりロジックの乾いた味わいが要らぬフラッシュバックを多用し濡れる。その気もないのに相手が次々死んじまうのも演出はそこに諧謔的な何かを見いだそうとはしてない。唯アンジーの使い捨てが粋。

 

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