男の痰壺

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ケイコ 目を澄ませて

★★★★★ 12月20日(火) シネリーブル梅田1

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さほど起伏のあるストーリーでもないのだけど、一瞬一瞬の情感をフィルムに焼き付けようとの意思がバシバシ伝わってくる。傑作だと思うし、去年の「偶然と想像」と同じく暮れになって邦画レース総まくり1本が現れたことを喜びたいと思います。

 

16ミリフィルムで撮ったとのことだが、それに加えて茶がかったフィルターを駆使して侘しい風景の中の主人公の霞んだ思いが仄かに浮き上がる。電車の走行を背後や頭上に活かしたロケ選定も痺れるくらいに良い。

三宅唱の4年前の作「きみの鳥はうたえる」もその風景の切り方に秀でたセンスを感じたが、撮影の四宮に負うところ大じゃないかと思ってました。今回はそれが月永雄太に代わっていてる。勿論彼のフィルモグラフィも素晴らしいが、一貫した高度なトーンが維持されてるのはやっぱ演出の強固な拘りによるものだと思うんです。

 

聴覚障がいを持つ女の子が生きる拠り所にしてきたボクシングをやめたいと思ってる。何故やめたいのかは描かれないが、オフの日に同じ障がい者の女の子たちと楽しくランチしたりするシーンがあることから、いわゆるお年頃ってやつなんだろう。ハードな日々に区切りをつけたいと思ったか、はたまた老境に差し掛かったジムの会長に父親のような憧憬を感じていたのかもしれません。

このモヤモヤした何もなさが良い。先述の「きみの鳥」と同じく三宅唱はこういうモラトリアムな時間軸を意味のあるものとして描くことに長けているし、実際にそれは意味のあることなんです。

 

2022年は「神は見返りを求める」「犬も食わなどチャーリーは笑う」に続いて本作で決定づけられた岸井ゆきの無双の年。

もひとつ信用しきれない三浦友和だったが彼もすごく良い。「グッバイ・クルエル・ワールド」「線は、僕を描く」と3本並んで助演男優賞は濃厚でしょう。

 

お年頃で引き際かとのモヤモヤはジム会長の引退に先手を打たれリアルワールドに開放される。瞬間、茶がかった世界は色を取り戻す。行間にある情感の流れを精緻にフィルムに刻印しようとの意図が随所で鈍色の煌めきを発現。モラトリアムの終焉に寄り添う覚悟。(cinemascape)

 

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